神社仏閣

力神さまが踏ん張ります [全透院鐘楼門] 群馬県

全透院は地蔵堂が有名ですが、鐘楼門にも小さいですが良い彫り物がたくさんありました。
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令和五年新年寺社彫刻巡礼の旅の最終社 [鹿島神社] 茨城県

御本殿よりも生首の写真で有名らしいです。案内板によるとこれは蝦夷の首領アテルイ(悪路王)の首級の彫刻。元々吉祥院にあった物が移植された御本殿胴羽目は彩色されていました。
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神仏習合の痕跡が色濃く残る [武生神社] 茨城県

しばらく胴羽目探求道を行く者にとって険しい道が続いてきましたが、ここに来て急に視界が開けて、目の覚める様な真っ赤な御本殿が目に飛び込んできました。
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徳川光圀が創建を思い立ったと伝わる [陰陽神社] 茨城県

文政2年(1819)に根本甚蔵、小口与兵衛、清水惣兵衛らによって改築された御本殿は陰陽山森林公園、陰陽山山頂近くに鎮座しています。普段着でも登れるくらいの山ですが、山頂展望台からの眺めはなかなかの景色です。
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一足遅かった [稲荷神社(立野神社境内社)] 茨城県

崩壊寸前の境内社・稲荷神社の胴羽目は無くなっていましたが、神輿蔵の神輿には風神雷神の胴羽目がありました。
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彫師は日光東照宮の造営に関わった左甚五郎 [鹿島神社] 茨城県

社殿によると、鎌倉時代の延応元年(1239)に、この地の豪族である那賀太郎藤原通資が鹿島大神を崇拝し、那賀城の東方に鹿島神社を創立したことが始まりと伝えられています。その後、南北朝時代に入ると、南朝方の武士である那賀通辰一族の氏神として祭祀され、江戸時代以降は村の鎮守として地域住民から信仰を集めました。(案内板より)
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胴羽目は橘守国の絵本写宝袋から [静神社] 茨城県

胴羽目には寺社彫刻のバイブル、橘守国の絵本写宝袋を参照したと思われる彫り物がありました。特に三国志演義の名場面の一つ、曹操が船上で詩を詠む場面が彫られた背面胴羽目は非常に珍しい画題で必見です。
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胴羽目は驢馬仙人と鹿仙人 [鹿島神社] 茨城県

毎年恒例のお正月寺社彫刻巡礼の旅も六年目。二日目は茨城県を周り、いよいよ佳境に入って来ました。新年六社目の常陸大宮市野田の鹿島神社は菊慈童の絵馬や仙人の胴羽目が見どころです。
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八幡山の山頂(海抜254.3m)に鎮座する [河井八幡宮] 栃木県

河井八幡宮は那珂川自然公園八幡山山頂に鎮座しています。馬門から河井方面へ進み、七曲隧道トンネルを抜けてすぐ左へ入る林道を登ります。
栃木県

キツネは稲荷神の眷属 [馬門稲荷神社 其の二 御本殿] 栃木県

拝殿も素晴らしかったですが 御本殿も見事です。 向拝中備は唐獅子牡丹で海老虹梁は龍です。大きめの頭は迫力があります。正面扉脇も龍です。 胴羽目は二十四孝から、歯が無くて物が食べられない姑に乳を飲ませた唐夫人。 昨年末に参詣した長命寺 東高野山奥之院(大師堂) の唐夫人は虚な眼差しで空を見つめます「ハ〜 アタシ何やってんだろ。。。早く終わんないかしら。。。…
栃木県

扁額彫師は立川流? [馬門稲荷神社 其の一 拝殿] 栃木県

御本殿も流麗な彫り物で飾られていますが、変わった形の屋根の拝殿にも見事な三条小鍛冶宗近の彫り物がありました。
栃木県

迷い道くねくね〜 [藤田神社] 栃木県

熊野神社の脇から山に入り、ほうぼう探し回ってやっと社殿を見つけました。
栃木県

新年寺社彫刻巡礼の旅 鳥が舞う [菅原神社(八雲神社境内社)] 栃木県

茂木八雲神社の境内社・菅原神社御本殿は比較的小さな部類に入りますが、胴羽目や脇障子・向拝には腕の良い彫工の作と思われる、素晴らしい彫り物がありました。
長野県

傷みが激しく大変危険な石階段 [妙義山神社] 長野県

急傾斜の石段を登った先には、更に石畳の参道があります。登りも大変ですが、ところどころ前傾している階段は降りの方がキツいです。
長野県

典型的な東信地方の御本殿 [諏訪神社] 長野県

東信地方に数ある諏訪神社の一つ。胴羽目脇障子の鶴亀や海老虹梁の龍など、この地方でよく見られる流派の工匠の手による作品だと思われます。
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拝殿彫師は関東の名工 小林源太郎藤原正俊 [一本木稲荷神社] 群馬県

本殿の彫刻は、勢多郡黒保根村出身「上州の左甚五郎」と謳われた関口文次郎他四名の傑作で美術的価値が高い。拝殿は本殿を模して造られ、入母屋造、千鳥破風と向拝に軒唐破風を備えている。社殿の彫刻は、「関東の名工」と称せられた武州熊谷宿出身、小林源太郎(旧姓長谷川)藤原正俊の晩年の傑作。(案内板より)
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熊谷の人・小林源八正信の作と言われる [早尾神社 其の二] 群馬県

JR上越線八木原駅から徒歩8−9分。群馬県渋川市早尾に鎮座する早尾神社の紹介です。彫刻で埋め尽くされた御本殿は一見の価値ありです。
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彫師は小林源八正信と云われるが確証は無い [早尾神社 其の一] 群馬県

市指定重要文化財半田の早尾神社本殿指定年月日 昭和四五年九月二五日本殿は覆屋の中に鎮座している。規模は間口148cm、奥行244cm、高さ512cmの素木造りで、屋根は柿葺である。壁面、柱の上部や縁の下の木組み、梁、仕切り板、手挟など、至る所に熊谷の人・小林源八正信の作と言われる見事な彫刻が施されている。棟札には、文化十四年(1817)に群馬郡青梨子の桜井丹後藤原知義、半田の山口利根七積富と、半田の阿久沢宗左衛門の三人の宮大工により作られたとあり、彫刻過多ともいえる意匠や細部の特徴から、建造は棟札通りと判断されている。江戸時代後期の特徴を示す、貴重な神社本殿建築と言える。昭和六三年十月渋川市教育委員会
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六六魚に乗る仙人と九九鱗に乗る仙人 [水澤観世音] 群馬県

「六六変じて九九鱗となる」「鯉変じて龍となる」鯉乗り仙人と龍乗り仙人の欄間があるお寺です。
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王様神さまワッハッハッ [大鳥神社] 群馬県

外跳ねパーマにカイゼル髭のまるで王さま?といった風情の三柱の神さまと、「朝だよ〜」とカーテンを開ける神さま、胸をハダけてセクシーダンスを踊る神さま、それを木陰から見つめる神さまが印象的な神社です。追記あり(2023.08.05)