唐獅子

神社仏閣

立川和四郎富昌の真骨頂 [下教来石諏訪神社 再訪] 山梨県

珍しい手長足長の彫り物が鑑賞できます。他に胴羽目の猩々や向拝中備の張果老も絶品。立川流二代目の和四郎冨昌の真骨頂を堪能できる神社です。
長野県

芸術的な彫り物にシビレます [横吹千鹿頭神社] 長野県

千鹿頭神は長野県を初め、東日本の民間信仰の神諏訪地方の民間伝承(諏訪信仰)においては洩矢神の御子神、孫神、あるいはその異名とされる。建御名方神の御子神の内県神と同視されることもある。 明治初期に成立した『神長守矢氏系譜』によれば、守宅神(洩矢神の息子)の子であり、祭政を受け継ぐ守矢氏の3代目に数えられる。名前は守宅神が鹿狩りをした時に1,000頭の鹿を捕獲したことから由来するといわれている。Wikipediaより
長野県

棟梁は彫物大工の白鳥弥四郎 [小六柏尾社] 長野県

彫物大工 白鳥弥四郎というのは立川専四郎富種(立川和四郎富昌の次男)の弟子で ここの前の前に参拝した若宮八幡社も白鳥弥四郎。 御本殿 覆屋の開口部は幅広格子に亀甲金網。内部は明るく鑑賞には全く問題ありません。
長野県

大工は立川和四郎富昌 [壺井八幡社] 長野県

田園の中の細い道を行くと社叢が見えてきます。密閉型の覆屋には三棟の社殿が鎮座、内一つは立川流二代目の和四郎冨昌造営の御本殿です。
長野県

[白山神社境内社] 長野県

御柱祭というのは、もともと諏訪大社の行事ですが、諏訪地域の神社では諏訪神社ではなくても普通に御柱が立てられていたりします。
神社仏閣

三代石原常八 [宿稲荷神社 再訪 其の二] 群馬県

令和五年一月中旬 群馬県榛東村の宿稲荷神社に再訪しました。龍だけを紹介した其の一からの続きです。 天文十年(1541)創建元治元年(1864)本殿拝殿築造御祭神 宇迦之御魂神うかのみたまのかみ 波邇夜麻姫命はにやすひめのみこと本殿拝殿彫師 ...
神社仏閣

神仏習合の痕跡が色濃く残る [武生神社] 茨城県

しばらく胴羽目探求道を行く者にとって険しい道が続いてきましたが、ここに来て急に視界が開けて、目の覚める様な真っ赤な御本殿が目に飛び込んできました。
神社仏閣

徳川光圀が創建を思い立ったと伝わる [陰陽神社] 茨城県

文政2年(1819)に根本甚蔵、小口与兵衛、清水惣兵衛らによって改築された御本殿は陰陽山森林公園、陰陽山山頂近くに鎮座しています。普段着でも登れるくらいの山ですが、山頂展望台からの眺めはなかなかの景色です。
神社仏閣

ザックリとした彫り物 [十二所神社] 茨城県

覆屋の中には茨城県北部らしい素朴な彫り物で飾られた御本殿が鎮座していました。 この日に泊まった道の駅もとても印象的でした。
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胴羽目は橘守国の絵本写宝袋から [静神社] 茨城県

胴羽目には寺社彫刻のバイブル、橘守国の絵本写宝袋を参照したと思われる彫り物がありました。特に三国志演義の名場面の一つ、曹操が船上で詩を詠む場面が彫られた背面胴羽目は非常に珍しい画題で必見です。
栃木県

素朴な造形 [国神神社] 栃木県

この地方の寺社彫刻の特色としては、素朴で単純な造形の彫り物が多いという事が挙げられると思います。
栃木県

キツネは稲荷神の眷属 [馬門稲荷神社 其の二 御本殿] 栃木県

拝殿も素晴らしかったですが 御本殿も見事です。 向拝中備は唐獅子牡丹で海老虹梁は龍です。大きめの頭は迫力があります。正面扉脇も龍です。 胴羽目は二十四孝から、歯が無くて物が食べられない姑に乳を飲ませた唐夫人。 昨年末に参詣した長命寺 東高野山奥之院(大師堂) の唐夫人は虚な眼差しで空を見つめます「ハ〜 アタシ何やってんだろ。。。早く終わんないかしら。。。…
栃木県

扁額彫師は立川流? [馬門稲荷神社 其の一 拝殿] 栃木県

御本殿も流麗な彫り物で飾られていますが、変わった形の屋根の拝殿にも見事な三条小鍛冶宗近の彫り物がありました。
神社仏閣

新年寺社彫刻巡礼の旅 鳥が舞う [菅原神社(八雲神社境内社)] 栃木県

茂木八雲神社の境内社・菅原神社御本殿は比較的小さな部類に入りますが、胴羽目や脇障子・向拝には腕の良い彫工の作と思われる、素晴らしい彫り物がありました。
神社仏閣

彫師は小林源八正信と云われるが確証は無い [早尾神社 其の一] 群馬県

市指定重要文化財 半田の早尾神社本殿 指定年月日 昭和四五年九月二五日 本殿は覆屋の中に鎮座している。規模は間口148cm、奥行244cm、高さ512cmの素木造りで、屋根は柿葺である。 壁面、柱の上部や縁の下の木組み、梁、仕切り板、手挟など、至る所に熊谷の人・小林源八正信の作と言われる見事な彫刻が施されている。 棟札には、文化十四年(1817)に群馬郡青梨子の桜井丹後藤原知義、半田の山口利根七積富と、半田の阿久沢宗左衛門の三人の宮大工により作られたとあり、彫刻過多ともいえる意匠や細部の特徴から、建造は棟札通りと判断されている。 江戸時代後期の特徴を示す、貴重な神社本殿建築と言える。 昭和六三年十月 渋川市教育委員会
神社仏閣

王様神さまワッハッハッ [大鳥神社] 群馬県

外跳ねパーマにカイゼル髭のまるで王さま?といった風情の三柱の神さまと、「朝だよ〜」とカーテンを開ける神さま、胸をハダけてセクシーダンスを踊る神さま、それを木陰から見つめる神さまが印象的な神社です。追記あり(2023.08.05)
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彫刻の塊 [大國魂神社 (再訪)] 群馬県

まさに彫刻の塊という表現がぴったりです。軒裏にまで彫り物が施された神社は、記憶の限りでは群馬県みなかみ町の月夜野神社と栃木県佐野市の根本山神社本社だけです。
長野県

背なで吠えてはいませんでした [諏訪神社] 長野県

側面背面が透明なポリカーボネート波板で覆われた御本殿覆屋ですが、なんとか中を窺う事が出来ました。
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三国志と太公望 彫工棟梁小林正信 [全透院地蔵堂 其の二] 群馬県

正面も凄いんですが、側面もすごい!胴羽目や欄間、斗栱間や支輪、縁下に至るまで彫り物で埋め尽くされています。仏教寺院の堂宇でこれだけの質と量の彫り物は本当に珍しいです。
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本当にすごいぞ! [全透院地蔵堂 其の一] 群馬県

彫刻の無い部分を探す方が大変なくらいに彫り物でびっしりと飾られた地蔵堂。仏教寺院の堂宇でこれだけの質と量の彫り物というのはかなり珍しいのではないかと思います。