令和八年一月下旬 栃木県鹿沼市の熊野神社に参拝しました。

御祭神 伊邪那岐命 伊邪那美命

社殿の中には 立派な御本殿が鎮座していました。

向拝です。懸魚は菊の華。

向拝中備の龍。

なかなか凶悪な顔つきで 好みの龍です。

正面扉。脇板は山鵲です。

木鼻の獅子と象も 名工の作と推察できる出来栄えです。

覆屋には横窓が無く 中は非常に暗いです。

覆屋前方の上の部分にのみ 格子状の隙間があります。

格子の隙間から斜めに中を覗いてみると 立派な胴羽目彫刻がある事が確認できます。

どうやら中程に人物がいる様です。

粗い画像ですが 人物の向こうには瓢箪を背負った童子が見えます。

手前には 滝らしき 縦線。

となると これは 李白観瀑 で間違いないのではないかと思います。

脇障子は 鉄椀から龍を呼び出す 陳楠仙人。

左側には大きな扁額が掛かっていて より視界不良です。

こちら側にも窓はありません。

何とか数ミリの隙間を探して 中を覗いてみると 微かに御本殿が写りました。

もちろん肉眼では見えません。

どうやら女仙の様です。横に偶蹄の霊獣の脚らしき物が見えるので これは麒麟を従えた 上元夫人 かも知れません。

上元夫人と麟吐玉書
上元夫人は麒麟に乗るとされ Wikipedia によると「天界で最も高貴の女仙であり 長生を執掌し 真籍(真人または仙人たちの名籍)を管理し 亀台金母(西王母)に次ぐ地位を持つ」とあります。
こちら↓は 埼玉県新座市の氷川神社境内社の胴羽目。

こちら↓は山梨県上野原市の日月神社胴羽目。

こちら↓は埼玉県所沢市の六所神社胴羽目。

実を言うと以前は 麒麟と女仙で 麟吐玉書 と言っていました。
麟吐玉書 は 孔子懐妊とも云って 孔子が生まれる時に母の元に麒麟が現れ 玉書を吐き出したという伝説です。

後に 孔子は 麒麟が捕獲されて殺された事を知り 絶望すると共に 自らの死期を悟るなど 麒麟と孔子には深い関連がある様です。
上の胴羽目彫刻が 上元夫人 なのか 麟吐玉書 なのかは分かりません。何となく上元夫人の方がしっくり来るなと 私が思っているだけです。でも改めて調べると 麟吐玉書の方がもっともらしくも見えます。
どなたかご存知の方がおられましたらご一報ください。
刺青師・龍元
030(2026.05.29)

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