粟穂に鶉と言えば立川流の代名詞なんですが。。。 [清瀧神社] 千葉県

麒麟 神社仏閣
プロフィール

彫師歴四半世紀余。東京六本木にて刺青芸術工房龍元洞を主宰。
日本のみならず、世界中で日本伝統刺青に注目が集まる中、世界の刺青大会に参加、北米・南米・欧州・豪州など各国の刺青師と交流。日本古来伝統の技術である手彫りの継承・研鑽とともに、日本文化の紹介にも力を注いでいます。

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令和三年三月、千葉県浦安市の清瀧神社に参拝しました。

清瀧神社鳥居

建久四年(1196)創建
安政二年(1855)本殿再建
御祭神 大綿津見神おほわたつみのかみ

清瀧神社

向拝の提灯の陰には黄石公と張良の彫り物がありました。

黄石公と張良

裏へ回ります。

清瀧神社御本殿覆屋

石造りの玉垣の扉には仙人と獅子の彫刻がありました。

石扉

玉巵弾琴。玉巵は一絃琴を奏でて龍を操り、四海を周遊すると言われます。

玉巵弾琴

梅福仙人ばいふくせんにん。橘守国の絵本故事談という絵手本では、蕭史仙人しょうしせんにんも「鳳凰に乗って飛び去れり」となっていますから、これは蕭史の可能性もありますが、私は仙人が鳳凰に乗っている場合は梅福、乗っていない場合は蕭史、鳳凰に乗っていても妻の弄玉ろうぎょくが一緒の時だけは蕭史という事にしています。私の勝手な分類です。

梅福仙人

いよいよ御本殿。

清瀧神社御本殿覆屋

グーグルマップで見ると一年くらい前までは屋根だけの開放的な覆屋だった様ですが、建て替えられて四隅に壁があります。この日は薄曇りだったので、中は暗いです。

清瀧神社御本殿

大虹梁上の麒麟。

麒麟

胴羽目は亀に乗る浦島太郎。二枚続きの構図になっています。

浦島太郎

竜宮城。

竜宮城

脇障子には日本武尊の熊襲討伐がありました。ヤマトタケルの名の由来となった熊襲の首長・川上梟師かわかみたける熊襲健くまそたける)を刺し殺す場面。初めて見た様に思います。

日本武尊 熊襲討伐

この場面は芳年の浮世絵が有名ですが、寺社彫刻では珍しいかも。

日本武尊 熊襲討伐

木階きざはしの下には猩々の彫り物がありました。猩々には子供がいたのですね。これも初めて見ました(多分)。子供も酒を飲むのか?

猩々

御本殿背面。

清瀧神社御本殿背面

右端の蟇股には立川流の代名詞となっている粟穂に鶉がありました。案内板によると「絵図師・高間惣治郎が図を描き、棟梁・肥前松五郎が建てた」となっていますが、彫師については記載がありません。ググっても絵図師、棟梁ともに立川流との繋がりは見つかりませんでした。

粟穂に鶉

胴羽目は三枚とも唐獅子で、右端は獅子の子育て。

唐獅子の子育て

中央。なんかあまり獅子らしくない。。。犬?

唐獅子

左端。こりゃあまるで猫ですな。

唐獅子?

こちらは高椅神社楼門麝香猫じゃこうねこ。違いは耳だけです。

麝香猫

御本殿右面。

清瀧神社御本殿

大虹梁上には麒麟、妻飾りには応龍がありました。

麒麟 応龍

胴羽目は二枚続きで干珠満珠伝説の武内宿禰が宝珠を海に投げ入れる場面。

武内宿禰

干珠と満珠で海の満ち干を操り、三韓出兵を勝利に導いたとされています。

宝珠

脇障子。武装した女性と言えば巴御前神功皇后が思い浮かびますが、服装から言ってこれは神功皇后でしょう。

神功皇后

木階下きざはししたには猩々。

猩々

御本殿は大きめなので、望遠鏡かズームレンズが必須アイテムです。初めての物が二つも見られて、良い神社でした。

刺青師・龍元

059(2021.03.29)

コメント

  1. onijii より:

    onijiiです。
    浦安は旧江戸川沿いなんですね。
    地図帳を見て気づきました。(笑)

    脇障子がいいですね!
    行った甲斐がありました!!
    犬?猫?で思わずクスッ!!!

    彫刻の写真を撮る人が何人もいましたが、
    脚立を使ったのは自分だけでした。(笑)

    • ヘンタイしてますね〜。

      以前茨城県のとあるお寺で、脚立を担いで撮影の許可を貰いに行ったら、警戒されて住職さんにお説教をいただいた事があります。この時は結局許可は貰えたので良かったですが。

      以来、許可を貰う時にはスマホ片手に、なるべく気軽な風体で行く事にしています。脳あるヘンタイは爪隠すです。

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