二十四孝二十四話完全収録のお寺 [寳蓮寺 其の三] 栃木県

曽参 神社仏閣
プロフィール

彫師歴三十余年。東京六本木にて刺青芸術工房龍元洞を主宰。
日本のみならず、世界中で日本伝統刺青に注目が集まる中、世界の刺青大会に参加、北米・南米・欧州・豪州など各国の刺青師と交流。日本古来伝統の手彫りの技術の継承・研鑽とともに、日本文化の紹介にも力を注いでいます。

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令和八年一月下旬 栃木県栃木市の寳蓮寺に参詣しました。

寳蓮寺

其の二からの続きです。

外周小壁にはぐるりと12点の彫刻があり 1点に2話ずつ 計24話の二十四孝が彫られていました。今回は背面1点・左面4点の計5点・10話を紹介します。

まずは背面。

寳蓮寺観音堂本堂背面

背面には 彫刻が1点のみありました。

二十四孝 

左側は 老萊子ろうらいし

二十四孝 老萊子

七十歳を過ぎて ひらひらした服で赤子の真似をして 老いた両親を楽しませたと云います。

老萊子の両親

七十歳のお爺さんが何をしたって 赤子に見える訳はありませんが。。。

老萊子

私はかつて 老萊子を仲居さんと見間違えそうになった事があります。

老萊子
千葉県多古町宇賀神社右側脇障子

右側は 帝でありながら 自ら毒味・給仕をして 母の薄太后はくたいごうに孝行を尽くした 漢文帝かんのぶんてい

二十四孝 漢文帝

丁蘭と間違いやすいです。ここは24話揃っているので消去法でいけましたが 単独だと厳しい時もあるかも知れません。

漢文帝と薄太后

左面には四点の小壁彫刻がありました。

寳蓮寺観音堂本堂左面

1番左の小壁。

二十四孝 

左側は お呼ばれ先の袁術えんじゅつ宅で オヤツに出された蜜柑を 袂に隠して持ち帰ろうとしたのがバレて咎められる 陸績りくせき

二十四孝 陸績

「母に食べさせたかった」と話す陸績に 袁術は感動します。

陸績

「母に持って帰るなら 最初からくださいと言えば良いのでは?」「陸績は上手く切り抜けたつもりだろうが 大人物の袁術は 子供の考える事など全てお見通し」など後世の人々に揶揄される始末。

右側は 姜詩きょうしの奥さん。

二十四孝 姜詩

姜詩の妻は いつも綺麗な川の水を飲みたい 魚を食べたいとわがままを言う義母↓のために 長い距離を歩き 水と魚を与えてよく仕えた。

するとある時 家のすぐ傍に綺麗な川の水が湧き出て 毎朝その水の中に鯉がいた。

嬉しそうな奥さん。

姜詩の奥さん

そりゃそうでしょう。「帰りが遅い!」と言って嵐の中 締め出された事もあるくらいですから。


左から2番目の小壁。

二十四孝 

左側は 母の死後 母の木像を作って生きている時のように尽くした丁蘭ていらん

二十四孝 丁蘭

漢文帝との違いは 母の大きさ。でもサイズ感をまったく無視した彫刻もあるので注意が必要です。

ここでは奥さん ニコやかですが 陰で人形に針を刺したり 火で炙って焦がしたりして 祟られます。

丁蘭と妻

右側は 郯子たんし

二十四孝 郯子

目の悪い両親のために 眼病に効くという鹿の乳を搾ろうと 鹿の革を被って鹿になりすましていたら 猟師に射殺されそうになります。

郯子

剡子ぜんし/えんしと書く事もあります。というか 古い絵手本などでは大抵 剡子と書いてあります。

郯子は郯国の君主なので 本来は郯子で 書き写している内に間違えて剡子となってしまったのだと勝手に思っていましたが 最近 Wikipedia 二十四孝 を覗いてみたら異説が載っていました。本来は 睒子せんし だったのが 字が似ている郯国の郯子と混同されたとの事。


左から3番目の小壁。

二十四孝 

左側は 曽参そうしん

二十四孝 曽参

曾参が薪拾いで不在中に来客が来たが 貧乏なため老母はもてなす事が出来なかった。

曾参よ早く帰って来い!と指を噛んで願う母。

曽参の母

曽参は胸騒ぎがしたので直ぐに帰った。曽参の背後には薪の束があります。

曽参

右側は 夏の暑い時に父の布団や椅子を団扇で扇いで冷やした 黄香こうこう

二十四孝 黄香

酢飯じゃあるまいし 室温の布団をいくら仰いでも室温以下にはなりませんね。湿気飛ばしくらいにはなるかも知れませんが。

黄香

1番右の小壁です。

二十四孝 

左側は 身売りをして父の葬式代を工面した 董永とうえい

二十四孝 董永

董永の孝行心に感じた天が 織姫を遣わして布を織り たちまち借金を返してしまいました。

織姫と従者

「おねえちゃん オレと遊ばな〜い?」 と手招きする董永。

董永

孝行息子だけど女好きってのは普通にあると思います。

右側は 盗賊に襲われた 蔡順さいじゅん

二十四孝 蔡順

熟れた実を母へ 熟れてない実を自分へと分けている事を 盗賊に伝えたら 感動されて牛の足や米などの食べ物を貰った という話。

蔡順

以上で 寳蓮寺本堂外周小壁 二十四孝24話 はおしまいです。

二十四孝は極端な孝行噺ばかりで そこがまた面白いのですが 昔の人もそう思っていた様です。

三国志演義では 皇帝の奏曹掾そうそうえん(最高位の一つ)になった陸績が 諸葛孔明しょかつこうめいに蜜柑の事でやり込められる場面がありますし 二十四孝を下敷きにした落語は何パターンもあり 江戸の庶民を笑わせていたそうです。

う〜ん 奥が深い。

刺青師・龍元

029-03(2026.05.26)

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