加藤虎之助清正
豊臣秀吉の家臣で安土桃山から江戸時代にかけての武将
永禄5年(1562)6月24日生誕
慶長16年(1611)6月24日死没
幼名 夜叉丸

文禄元年(1592)からの文禄・慶長の役では朝鮮に出兵。

この頃の朝鮮半島にはアムール虎が数多く生息していて 清正の陣地にも出没。清正は士気高揚の為にしばしば虎狩りをしたと伝えられます。

熊本城の築城主としても有名。

身長190cmの大男だったと言われます。

勇猛果敢で知られ 肥後の虎と恐れられました。

構図
虎退治の構図で表される事が多く 長烏帽子形兜と蛇の目紋がトレードマーク。

清正は槍の名手で 片鎌槍が有名ですが これは元々は十文字三日月槍であったが「天草一揆討伐の激戦中に片方が折れた」「朝鮮の役での虎との戦いで片方が折れた物をそのまま使っていた」などの話が伝わっています。

因みに 生誕と死没が同じく6月24日となっていますが 太陽暦だと 1562年7月25生誕 1611年8月2日死没 となります。
刺青師・龍元
(2026.09.03)

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