令和八年四月中旬 埼玉県羽生市の鷲宮神社に参拝しました。

由緒などの詳細は不詳ですが 御祭神は 天日鷲命 と思われます。

御本殿覆屋はしっかりとした造りで 格子付き透明ガラス窓から御本殿を拝観する事ができました。

立派な御本殿が鎮座しています。

二間社流造りの御本殿には 胴羽目・腰羽目・脇障子に大きな彩色彫り物があります。

右側胴羽目は 虎渓三笑。

浄土宗の始祖の慧遠法師は廬山の寺にこもって 虎渓よりも外には出ないと誓っていました。

ある日 詩人の陶淵明と道士の陸修静が訪れて 慧遠法師がその帰りを見送るときに話に夢中になって いつの間にか虎渓に架かる橋を通りすぎてしまった。
虎が吠える声を聞いて 初めてそのことに気づき 三人で大笑いをしたと伝わります。

3人とも1,600年くらい前に活躍した人ですが 西暦406年生まれの陸修静に対し 慧遠法師は416年没なので 実際にこの3人が会って話をした事は無いと思われます。
腰羽目は 波に龍。

これで海女がいれば 玉取り姫なんですが 背面・左面にもそれらしき人物は見あたりません。
背面には 二間社なので胴羽目と腰羽目が二点づつありました。

左側胴羽目は 釣竿があるので 呂尚・太公望 だと思います。

呂尚は「天下を釣ろうとしている」と うそぶいて 名君・文王をして「我が太公(祖父)が望んでいた人物」と言わしめた人物。

この人は紀元前1,000年頃の人なので 3,000年ちょっと前の人ですね。
右側胴羽目は 菊慈童です。

慈童は穆王の寵愛を受けますが 謀られて深山幽谷に流刑になり 菊の葉の露を飲んで不老不死の仙人になりました。

穆王の在位期間は 紀元前976−922 なので 菊慈童は3,000年近く前の人ですね。不老不死なので現在もまだご健在なのだと思います。
腰羽目左側。胴羽目の様に大きく 内容的にしっかりした説話を想像させますが 分かりません。

この人は鉢巻をしているのかな? それとも元服前の前髪?でもお髭が生えているから違うか。

何にせよ 雲に乗っているので 常人ではありませんね。
右側は左側と繋がった話なのか 全然別の話なのか。。。

小舟に乗ったオジさん二人。

覆屋左側には窓が やや前方に一間しか無かったので 斜め前からのみの鑑賞になります。

胴羽目は 許由と巣父。

二人とも変人として名を馳せた 4,400年位前の人です。

堯帝に帝位を譲ろうと言われ「穢らわしいことを聞いた」と 川の流れで自分の耳をすすぐ 偏屈な許由。

許由が耳をすすいだ川の水を 牛に飲ませる訳にはいかない と来た道を引き返す 巣父。

こちらもかなりの偏屈です。
腰羽目です。

宝塔みたいな物と言い 小舟と言い 右面背面腰羽目との続き物を思わせます。

この女性(多分?)は着物の合わせが右前です。何か意味があるのでしょうか?

驚いた表情に見える男性。

脇障子は両側裏表ともに 鳥だったので割愛いたします。

超絶技巧の白木の彫り物も良いですが 古びた彩色彫り物も良い物です。特に画題が分からない物は 常に頭の片隅から離れません。
刺青師・龍元
039(2026.07.31)

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