令和八年八月中旬 埼玉県加須市の小田霊社に参拝しました。

御祭神 小田熊太郎命

御本殿覆屋には上部と下部に格子状の開口部があります。

立派な御本殿が鎮座していました。

向拝中備には錦鶏がありました。

正面扉脇・胴羽目・脇障子に大きな彫り物があります。


楠正成は太平記に記された 後醍醐天皇を支えた名将。

縁下と脇障子枠組みの一部は新しい色をしているので この覆屋を建てた頃に改修したものと思われます。

上から見るとこんな感じ。

胴羽目の画題は分かりません。

札の様なものを手渡す老人。

恭しく受け取ろうとする童子。

札を掴み 指を差す童子。寺社彫刻では指を差す人がよく描かれますが 一体どういう意味なのか。

至る所に寄進者らしき銘がありますが その中に 彫師の銘がありました。

「上州館林住 福田久五郎正義 彫之」と刻まれています。
背面です。

胴羽目は唐子遊び。

現覆屋は新しそうですが 彫刻が雨ざらしになっていた様には見えないので 御本殿は新築の時から覆屋に納められていたものと思われます。

ブリッジをしている唐子の頭のそばに 札が二枚。

太鼓を叩く唐子の脇にも札があります。

脇障子下には魚がありました。

鯛でしょうか?

左面です。

こちらも画題が分かりません。

背負われた幼児は札を握りしめています。

こちらの唐子も札を持っています。

もしかしたら 三面で何らかの物語を表しているのかも知れません。

左側脇障子は 児島高徳 十字の詩。

右側脇障子と同じく 尊王の志士たちの精神的支柱となった武将です。

こちら↓は久喜市八幡神社の胴羽目。似ているな〜。反対側の櫻井駅の別れも似ているな〜。

御祭神の小田熊五郎命は 勤王討幕運動に参加・兵をあげて斬首されますが 後に勤王の志士として正五位を贈られたそうですので 脇障子に「櫻井駅の別れ」と「十字の詩」が選ばれたのはその関係もあるのかなと想像します。

保存状態が良く 見応えのある御本殿でした。
刺青師・龍元
045(2026.09.11)


コメント
久喜市八幡神社の 児島高徳 十字の詩 と似ていますね
彫刻の 上手い下手(個性的)は分かりますが、
あそこの神社と似ているという領域には達しておりません
龍元さんは、見た彫刻の数が膨大なので違いが分かってくるのですね、目が肥えていますね!!
胴羽目の題目は難問ですね、札が糸口になりそうですが、何でしょうね?
はは、目が肥えているというより、とにかく自分のブログを見返してるので覚えているって感じですね。私自身がこのブログの1番の読者です。
右側胴羽目の老人と八幡神社の児島高徳は、目と目の間の横ジワなんかそっくりです。並べるとはっきりと分かりますよ。あと、耳の形とか小鼻の形とか、全体の雰囲気も大切ですが、パーツごとの造作を見ると、似ているんじゃないかな〜と思います。
画題探究も楽しいですが、最近は超難関激珍画題ばかり残ってしまって、険しい道のりですね。
onijiiです。
彫師の名前が刻んであったのですね。
ありがとうございます。
下から覗いたら人物が多数見えたので、
ドキドキしました。
右面はぱっと見、「黄石公と張良」か
「覆水盆に返らず」かと思いましたが
違いましたね。(笑)
至る所に寄進者の銘があるので、一つ一つ確認するのは大変ですね。私は神奈川のKさんからの事前情報があったので見逃さずに済みました。
どの面も難解画題ですね。