御幸神社

御幸神社
御幸神社

横の空き地で焚き火(多分、お焚き上げではないと思う)をしているオジさんがいたので、挨拶をして車を停めさせてもらいました。

御幸神社拝殿

御由緒

創建年代不詳
大正二年(1913)上中込の住吉神社を合祀
御祭神
健御賀豆知命(たけみかづちのみこと)
天子八根命(あめのこやねのみこと)
表筒男命(うわつつのおのみこと)
息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと)
西向き

御本殿

大きな彫り物は左右の蝦虹梁・胴羽目・脇障子にあり、背面や腰羽目には彫り物はありませんでした。覆屋の金網の目は大きめ。

御幸神社本殿覆屋

右面

御幸神社御本殿

蝦虹梁には龍。巻き毛の龍は私の好みです。

蝦虹梁 龍

胴羽目は馬師皇でした。

馬師皇

脇障子。怪鳥を退治しているこの人は誰でしょう?怪鳥と言えば、隠岐次郎左衛門広有(おきじろうざえもんひろあり)の以津真天(いつまでん)退治がありますが、この彫り物は中国風か日本神話風の衣装ですから違いますね。

脇障子

私が熱心に写真を撮っていると、オジさんは興味津々という感じで近づいて来ました。私が「スゴイ彫刻ですね〜」と言うと、
「彫刻?」という返事。
「これ多分、三国志か何かの場面ですよ、江戸時代か明治の頭の頃の彫刻でしょうね〜スゴイですよね!」
するとオジさんは隣の家の中へ向かって
「オカアさんオカアさん!三国志だって!」
オカアさんの他に更に近所の人も加わって、ちょっとした騒ぎになりました。
「何かあるの?アタシ、中見た事ないわ…」

左面

御幸神社御本殿
蝦虹梁 龍

胴羽目は九尾の狐。服が中国風なので、多分、殷の妲己(だっき)か西周の褒姒(ほうじ)だと思います。

九尾の狐 

九尾の狐は日本では玉藻前(たまものまえ)伝説で有名ですね。以前、玄翁和尚 九尾の狐伝説その三 という記事で簡単にまとめたので、良かったら読んでください。

明らかに北斎のこの絵を下敷きにした物と思われますが、舞台を天竺から中国に置き換えたのでしょう。下の絵は舞台がインドの天竺で「普明長者が切りつけると、華陽夫人は金毛九尾の狐となり、東の空に消えた」という場面。

九尾の狐 

オジさんには三国志と言ったのですが、調べると「妃の妲己が実は九尾の狐であった」という設定は封神演義の様です。

封神演義は中国の古い話で、私も色々調べているのですが、漫画の方に負けてしまって中々詳しい事は分かりません。

脇障子は反対側と同じく怪鳥と武人。もしかしたら、封神演義にこう言う場面があるのか?

怪鳥

栃木県の浅間神社浅田神社の胴羽目で、切断された怪獣の頭と武人の構図があったのですが、もしかしたらこの怪鳥を退治して頭を切断して。。。なんて場面じゃないのかなぁ。。。想像が膨らみます。


「歴史の本か何かに載ってるの?」と、オジさん。
「いえいえ、もう歴史に埋もれてしまって、今じゃ神社の彫刻なんてダ〜レも、見向きもしませんよ」
オジさんは残念そうでした。。。

オジさんの気持ちも解らないではないですけど、人の評価じゃなくて自分がどう思うかが大事だと思うんですよね。

刺青師・龍元

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