将門神社

将門神社

令和二年六月吉日、将門神社に参拝しました。

ちょっとこれはないんじゃないかと思いました。色々な事情があるのでしょうけど。

将門神社鳥居
目次

御由緒

創建年代不詳
将門の三女である如蔵尼が将門とその一門の菩提を弔って祀ったものと伝わる
安政六年(1859)社殿再建
御祭神 平将門

将門神社
将門神社向拝

向拝の龍。

将門神社向拝の龍

左面。

将門神社左面

胴羽目には「高砂」が彫られていました。  〜追記(20.06.26) 誉田八幡神社 に同じ構図の彫り物があります。脇障子も作風がソックリです。同じ彫師かも。追記終わり〜

高砂

背面。

将門神社背面

将門と言えば、「繋ぎ馬」の紋章が有名ですが、なぜかここは「放れ馬」。ネットで調べると、普通は将門と言えば「繋ぎ馬」だが「放れ馬」が使われる事もある、という記事を見付けました。が、引き合いに出されていた例がここ、将門神社。ここで使われているから、これもアリという事の様です。

放れ馬

右面。ここに問題の彫り物があると思われます。

将門神社右面

まあ普通に見て、これは「金太郎と山姥」です。

金太郎と山姥

Wikipediaや市の観光協会のサイトで将門神社のページを見ると、『右目を射抜かれて死んだ将門に因んで右目が未完成の「隻眼の姫」「隻眼の人物」の彫刻がある』と書いてありますが、多分これ↓の事なのでしょう。

隻眼の山姥

これはただの経年劣化で右目が消えかかっているのだと私は思います。町興し村起こしの為に言ってるのでしょうけど、それにしても山姥を姫だなんて。。。

右側脇障子は「玉巵弾琴」。

玉巵弾琴

左側は「董奉」でしょうか。

董奉

浜床下の蹴込板にはいくら呑んでも酔わない「猩々」がいました。

猩々
猩々

平将門は私の最も好きな武将の一人で、ここに来るのを楽しみにしていました。

菅原道真・崇徳院と並んで日本三大怨霊の一つに数えられる平将門は典型的な祟り神ですから、心してお参りしてきました。

って、天神様も祟り神ですけど、いつもこれほど緊張はしませんね。

素晴らしい彫り物でしたが、雨晒しなのが心配です。

刺青師・龍元

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