難読最上級 [葺不合神社] 千葉県

葺不合神社御本殿 神社仏閣
プロフィール

彫師歴四半世紀余。東京六本木にて刺青芸術工房龍元洞を主宰。
日本のみならず、世界中で日本伝統刺青に注目が集まる中、世界の刺青大会に参加、北米・南米・欧州・豪州など各国の刺青師と交流。日本古来伝統の手彫りの技術の継承・研鑽とともに、日本文化の紹介にも力を注いでいます。

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令和二年六月吉日、千葉県我孫子市の葺不合神社ふきあえずじんじゃに参拝しました。

中々の難読社名ですね。これは御祭神の鸕鶿草葺不合尊うがやふきあえずのみことから来ているのだと思います。

鸕鶿草葺不合尊というのは豊玉姫と山幸彦の子供で、神武天皇の父です。知っていた様に書いてますが、Wikipedia教授に今日教わりました。

葺不合神社鳥居

ずいぶん立派な拝殿だと思ったら、元々は厳島神社の御本殿だったそうです。

葺不合神社拝殿

御由緒

奈良時代(710−794)葺不合神社創建
文治二年(1186)厳島神社創建
江戸時代中期 厳島神社本殿(現拝殿)再建
明治三十年(1897)葺不合神社として現本殿建築
明治三十九年(1906)近隣三社を合祀すると共に、近隣に鎮座していた葺不合神社の社殿を本殿として現地へ移築(曳き家されたそうです)、旧厳島神社の本殿を拝殿として、社名を葺不合神社と変更
御祭神 鸕鶿草葺不合尊うがやふきあえずのみこと
彫師 二代後藤藤太郎

ちょっと複雑なので詳しくは案内板を見てください。多分上の解釈であってると思います。

御本殿

拝殿の後ろ、ちょっと上った所に御本殿が鎮座しています。立派な社叢です。

葺不合神社社殿

覆屋は近代的で趣は無いですが、彫刻の保護と鑑賞の両側から考えて、かなり合理的な造りだと思います。

葺不合神社御本殿覆屋
葺不合神社御本殿

向拝

葺不合神社御本殿正面

向拝のは目がくり貫かれていて、ちょっと怖い。嵌めてあった玉眼が取れてしまったのでしょうか。

葺不合神社御本殿向拝

扉には神宮皇后武内宿禰。「応神天皇誕生」ですね。脇板には珍しい事に亀がいました。

御本殿扉 応神天皇誕生

向拝柱の龍も目がくり貫かれていました。

葺不合神社向拝柱 龍

右面

葺不合神社御本殿

胴羽目は「須佐之男命の大蛇退治」。今にも大蛇の断末魔の叫びが聞こえてきそうですね。

須佐之男命大蛇退治

小技が効いてるというか、爪の表現も秀逸です。でも彫りは割と粗い気がします。

龍の爪

縁下の彫り物。ここにも亀がいました。

葺不合神社御本殿縁下

案内板によるとこれは「明治の軍人」だそうです。八條八幡神社にも明治の様子を描いた彫り物がありましたが、激レアだと思います。

葺不合神社御本殿脇障子

背面

葺不合神社御本殿

胴羽目は「天岩戸」。猿田彦がピノキオみたいです。本当はこの場に猿田彦は居ない筈なんですけど、寺社彫刻では割と描かれる事が多いみたいですね。

天岩戸

縁下の彫り物。

葺不合神社御本殿背面縁下

左面

葺不合神社御本殿

胴羽目は「神武東征」。道臣命みちのおみのみこと八咫烏やたがらすに導かれる場面です。でもこの場にいない筈の神武天皇かも知れません。

神武東征

縁下の彫り物。

葺不合神社御本殿縁下

こちらの脇障子も「明治の軍人」。

葺不合神社御本殿脇障子

時代が下ると段々技巧的になってしまって、小技がワザとらしくなってしまうと感じているのですが、この頃がギリギリですかね。

もちろん素人の私個人の感想です。

刺青師・龍元

135(2020.06.28)

コメント

  1. onijii より:

    onijiiです。
    難読神社ナンバーワンですね!

    「天御中主神社(あめのみなかぬし)」
    「祖母井神社(うばがい)」
    「武尊神社(ほたか)」
    これも読めませんよね!!(笑)

  2. 龍元 より:

    どれも馴染みがなければ読めませんね。私は天之御中主神社と武尊神社は知ってましたが、祖母井は読めませんでした。
    因みに祖母井はパソコンで打つとちゃんと変換されますね!

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