関口文治郎の弟子たち [赤城大明神 (医光寺境内社)] 群馬県

太公望 神社仏閣
プロフィール

彫師歴四半世紀余。東京六本木にて刺青芸術工房龍元洞を主宰。
日本のみならず、世界中で日本伝統刺青に注目が集まる中、世界の刺青大会に参加、北米・南米・欧州・豪州など各国の刺青師と交流。日本古来伝統の手彫りの技術の継承・研鑽とともに、日本文化の紹介にも力を注いでいます。

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令和七年三月上旬 群馬県桐生市医光寺境内社の赤城大明神に参拝しました。

赤城神社鳥居

創建年不詳
文化六年(1809)現社伝建立
彫師 関口文治郎の弟子たちと推定
御祭神 大己貴命おおなむちのみこと

赤城神社御本殿

向拝中備は 司馬温公瓶割しばおんこうかめわりです。

司馬温公瓶割

水を張った大瓶に友達が落ちたのを見て パニックになって逃げ出す友達。

司馬光の友人

司馬温公は慌てずに石を取り 高価な大瓶を躊躇なく割りました。

司馬光

危ういところで 友達は助かりました という話。

司馬光の友人

正面扉には 波千鳥。脇板には竹に鶴 梅に鶴があります。

鶴 波千鳥

以前 みどり市の稲荷神社の記事で 鶴に梅は珍しいから林和靖の留守模様じゃないか なんて書きましたが 全然そんな事はなくて 鶴には普通に松竹梅がある様です。

いつもの様に 左回りに見て行きます。

赤城神社御本殿

海老虹梁の龍。

海老虹梁の龍

良い顔をしています。

海老虹梁の龍

脇障子は釣り糸を垂らした 太公望(呂尚)。

太公望

占いで「獲物ではなく人材を得る」というお告げを受けた姫昌(後の文王)は 狩の途中 釣りをしている呂尚を見て「そんな真っ直ぐな針で何が釣れるのか」と尋ねた。

すると「私は天下を釣ろうとしている」と呂尚は答えた。

太公望

姫昌は「我が祖父(太公)の代から待ちんでいた逸材だ」と喜び 軍師に招いた。

赤城神社御本殿

胴羽目は菊慈童です。

菊慈童

慈童は穆王ぼくおうの寵愛を受けますが 官人に妬まれて過失を嫁せられ 深山幽谷に流刑になります。哀れに感じた穆王は(仏を讃える詩)を与え 慈童は忘れないようにそれを菊の下葉に記しました。

菊慈童

その菊の葉の露は谷の水に滴り 病気が治る霊泉となって麓の村へ流れました。

800年後 霊泉の調査にやって来た勅使は少年の姿をした慈童を発見します。

菊慈童

慈童は菊の露を飲んで不老不死の仙人になっていたのです。

腰羽目は タコさんウィンナーの様な凧をあげている唐子と 波に兎。

唐子の凧揚げ

背面です。

赤城神社御本殿

どうやらバラバラになってしまった胴羽目をなんとか組み合わせた物の様です。

巣父

元はこんな感じ? これは 古代中国の伝説の隠者で 堯帝に帝位を譲ろうと言われて拒絶した 巣父そうほですね。

巣父

牛に水を飲ませようと川へ向かっていた巣父は 許由の穢れた耳をすすいだ水を牛に飲ませる訳にはいかない と引き返します。

巣父

腰羽目は かくれんぼをする唐子と 波に兎。

唐子のかくれんぼ

とても可愛らしい唐子。

唐子

さすが関口文治郎の弟子たちと推定されるだけあります(個人の感想です)。

唐子

左面です。

赤城神社御本殿

胴羽目は 古代中国の伝説の隠者で 堯帝に帝位を譲ろうと言われて拒絶した 許由きょゆう

許由

許由は「汚らわしいことを聞いた」と言って 潁水えいすいの流れで耳をすすぎます。

許由

腰羽目は 漁をする唐子と 波に兎。

唐子の漁り

本当に愛らしい唐子です(個人の感想です)。

唐子

脇障子。こちらはどなたでしょう?

どなた?

人物の他には蓮華位しかありません。右側と対になっていると考えれば 姫昌(後の文王)でしょうか?

どなた?

海老虹梁の龍。

海老虹梁の龍

阿形ですね。

海老虹梁の龍

見事な彫り物で飾られた御本殿でした。

赤城神社御本殿

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刺青師・龍元

034(2025.05.09)

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