拝殿向拝には後藤松五郎の龍がいます [三ツ堀香取神社] 千葉県

向拝の龍 神社仏閣
プロフィール

彫師歴四半世紀余。東京六本木にて刺青芸術工房龍元洞を主宰。
日本のみならず、世界中で日本伝統刺青に注目が集まる中、世界の刺青大会に参加、北米・南米・欧州・豪州など各国の刺青師と交流。日本古来伝統の手彫りの技術の継承・研鑽とともに、日本文化の紹介にも力を注いでいます。

刺青師・ 龍元をフォローする

令和二年六月吉日、千葉県野田市の三ツ堀香取神社に参拝しました。

三ツ堀香取神社鳥居
三ツ堀香取神社拝殿

由緒

天正年間(1573-93)創建
祭神 経津主命(ふつぬしのみこと)
拝殿彫師 後藤松五郎


拝殿向拝には子引き龍の彫り物。

向拝の龍

裏側には「後藤松五郎正國佑之」と銘が彫ってあります。後藤松五郎というのは後藤流後藤筑波派の人で、寺田松五郎と名乗った事もあるそうです。

銘 後藤松五郎

拝殿は明治十八年(1885)建立という事になるのでしょうが、御本殿については彫師・建立年などは分かりません。

社号額。

三ツ堀香取神社社号額

参拝を済ませて、御本殿に回ります。

三ツ堀香取神社覆屋

鑑賞にはうってつけの覆屋です。

三ツ堀香取神社御本殿

御本殿左面。

御本殿左面

左面胴羽目は二十四孝から「孟宗」だと思います。筍が食べたいという病気の母の為に冬山を探したが、真冬に筍がある訳もなく泣きながら雪を掘ったら、筍が生えて来たという話。

二十四孝 孟宗

背面胴羽目は、岩に隠れた天照大神を誘い出す場面の「天岩戸」。

天岩戸

右面胴羽目。

御本殿右面

常に虎を連れ、人の病気を治したがお金は取らなかったという「董奉」。

董奉

脇障子は左右とも「鶴亀」でした。仕方ないのかもしれませんが、胴羽目をビス打ちしてしまっているのが残念です。


ここは大正十二年(1923)に起きた福田村事件の現場です。松五郎の龍は一部始終を見ていたのでしょうか。犠牲者のご冥福をお祈り致します。

刺青師・龍元

127(2020.06.18)

コメント

  1. より:

    こちらはお隣さんがお寺さんだったと思いますが、神社との境のフェンス代わりに使われていた木の形状が外塔婆の形だったので彫刻よりもそちらの方が印象に残っています。

    • 龍元 より:

      あ〜そうでした、錺さんの記事は読みました。確かに今写真を確認すると卒塔婆が並んでいますね。確かに不気味ですよね。
      ここに来た時はもう夕暮れ近かったし、福田村事件の事で頭が一杯で気が付きませんでした。

タイトルとURLをコピーしました