令和二年四月吉日、埼玉県深谷市の浅間神社に参拝しました。鳥居の色が鮮やかです。
仙元山の頂上に鎮座しています。辺りには結構人出があります。人気の神社なのでしょうか。
御由緒
創建不詳
御祭神 木花佐久夜姫命(このはなさくやひめのみこと)
南向き
拝殿向拝
向拝には定番の龍の彫り物がありました。
木鼻には獅子の他、普通獏が付いている位置には、珍しいものが付いていました。これは獬豸(かいち)ではないでしょうか。
和漢三才図会にはこんな感じで載っています。
いつも参考にさせていただいている「雄峯閣 ―書と装飾彫刻のみかた―」というサイトには、獬豸には唐獅子形、麒麟形、獏形というのがある、と載っていますが、これはその麒麟形だと思います。長い髭が無いんですけど。。。
実は十年ほど前から、珍しい霊獣を入れたいというお客さんに獬豸を勧めたりしていましたが、木彫りの実物は初めて見ました。
御本殿
向かって右面。
私は中国図柄は得意ではないのですが、調べると「呂尚(太公望)と文王の邂逅」という場面の様です。
脇障子の画題は分かりません。大分痛みが激しいです。
〜追記(20.05.02)反対側が西王母なので、もしかしたら西王母の蟠桃を盗んで800年生きた「東方朔」かもです。傷みが激しいですが、右手に桃を持っている様に見えなくもありません。〜
背面には彫り物は無く、こちらは左面。
これも何だか分かりません。童子が向こうの人たちに桃を差し出しています。中国の古い話なのかも知れません。
〜追記(2021.06.07)これは福禄寿三星ですね。現代の日本では福禄寿は一人の神様ですが、元々は福星・禄星・寿星の三人。
「福星は裕福な官服を着た黒髪の姿。禄星は嬰児を抱いた姿で描かれることが多い。寿星は南極老人星とされ、近代以降は禿げた長大な頭に白ひげをたくわえた老人とされることが多く、また厳密にはもともとこの寿星(南極老人)が単独で日本に伝わったのが寿老人である」とウィキペディアにあります。追記終わり〜
脇障子の彫り物は、桃と従者があるので「西王母」だと思います。
本殿の側に回る人は全くいませんでしたが、拝殿の方はほぼひっきりなしに参拝者が訪れていました。もう少しちゃんと木鼻の獬豸を撮影したかったんですが。。。厚い信仰を集めている神社の様です。
刺青師・龍元
075(2020.04.24)
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