忘れ去られた治水の神・禹王かも [熊野神社] 茨城県

獅子に見立てた菊水 茨城県
プロフィール

彫師歴四半世紀余。東京六本木にて刺青芸術工房龍元洞を主宰。
日本のみならず、世界中で日本伝統刺青に注目が集まる中、世界の刺青大会に参加、北米・南米・欧州・豪州など各国の刺青師と交流。日本古来伝統の技術である手彫りの継承・研鑽とともに、日本文化の紹介にも力を注いでいます。

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令和三年新年巡礼二十七社目、茨城県取手市の熊野神社に参拝しました。

熊野神社鳥居

真っ青な社殿は他所ではあまり見かけませんが、同じ日に参拝した龍ヶ崎市の熊野神社も青い波板が張られていました。ここら辺の熊野神社のイメージカラーなのかな?

熊野神社拝殿

治承四年(1180)創建
御祭神 事解男命ことさかのおのみこと 伊佐奈美命いざなみのみこと 速玉男命はやたまのおのみこと

裏へまわると右面一杯に波板が張られ、内部を窺う事は出来ません。

熊野神社御本殿覆屋

それでも隙間を見付けてパシャリ。

熊野神社御本殿

反対側には波板が張られていませんでした。拝殿内部の額には「東日本大地震で甚大な被害を受けた」と書かれていましたから、波板はその時に張られたのかも知れません。

熊野神社御本殿覆屋

腰羽目や組物間にも彫り物が満載です。

熊野神社御本殿

肝心の所に竹竿が。。。

熊野神社御本殿

脇障子には唐獅子牡丹がありました。

唐獅子牡丹

奥義を使ってなんとか胴羽目をキャッチ。

どうやら唐子の見立て七福神の様です。「熊野三社大明神」と書かれた巻物を持っているのが寿老人。その右側には毘沙門天。手前に琵琶を抱えた弁財天。その手前が袋を背負った大黒天。一番手前が布袋でしょう。あと福禄寿と恵比寿天がいる筈ですが、もしかしたら、布袋の隣にいるのは頭にリボンを付けているので、福禄寿の代わりに吉祥天がいるバージョンかも知れません。でも、そうすると軍配を持っているのが恵比寿天という事になってしまいますが。。。

唐子の七福神

背面胴羽目は外れて立て掛けてありました。

禹王の龍退治

これは船に乗っているので夏王朝の初代皇帝・禹王うおうかも知れません。禹王は紀元前19世紀 20世紀頃の人で中国では超有名。日本では忘れられてしまいましたが、江戸時代には治水の神として盛んに信仰されていたそうです。神社の脇を川が流れているので、そんな事も関係があるのかも知れません。因みに二十四孝の舜の次の皇帝ですね。

禹王 橘守国 絵本写宝袋より
禹王 橘守国 絵本写宝袋より

なかなか珍しい画題に出会えたのかも知れないと思うと嬉しくなります。

刺青師・龍元

027(2021.02.17)

コメント

  1. onijii より:

    onijiiです。
    群馬の胴羽目探求道の方から胴羽目ありと
    教わり、正月明けに見学しました。

    暴れ川で有名な小貝川流域は、洪水が度々
    起きた地域です。高さ3mほどの石積みの
    上に本殿が建てられていました。

    以前この近くに12年ほど住んでました。
    軒先に船が吊るしてある家があります。

    彫刻はかなり見上げるようになります。
    右面胴羽目も外れて立てかけてありました。
    長机?に向かい合う人物二人と、それを覗き
    こむ人物と唐子でした。
    梁の間に好物の烏天狗が何匹もいました。
    力神は無かったです。(笑)

    • やっぱり水害に悩まされた地域なんですね。川が曲がりくねっているので、そうじゃないかなぁと思っていました。

      右側も外れてしまっているのですね。彫り物を立て掛けて置いているウチに壊れていってしまうのでしょうね。

      ところで、右面胴羽目は昔の記憶ですか?それとも正月明けに行った時?私は1月5日に参拝したのですが、その時は見えなかったです。

  2. 教団 より:

    こんにちは、Kyoです。
    数年前に京都の禹王信仰について調べる機会があり、その流れで日本での禹王信仰やその痕跡についても情報を集めたことがあるのですが、既にonijiiさんがコメントで述べられているように取手市は度々洪水が起こったようです。

    特にその地域では江戸~明治時代にかけて旧利根川や利根川、利根川水系小貝川、小貝川水系元川などの流域に、当時の治水工事の記念として「禹王之碑」などと刻まれた碑が建立され、今日でも見ることが出来るそうです。

    日本における治水神禹王とその信仰については以下の書籍が詳しいですので、もしご興味がありましたらご覧ください。
    なお後者『水の文化 40号』は全ページ無料で公開されています。

    ・王敏『禹王と日本人「治水神」がつなぐ東アジア』(NHK出版,2014年12月)
    ・大脇良夫(2012)「禹王の足跡を巡る旅」(ミツカン 水の文化センター『水の文化 40号』2012年2月収録)
    http://www.mizu.gr.jp/kikanshi/no40/index.html

    • リンクありがとうございます。やはり、これは禹王ですか。今までもそれらしい彫り物があったのですが、中々断定できずにいました。

      禹王信仰の研究自体も深堀りはこれからの様ですね。もしかしたら、私が須佐之男命と思ってた物が実は禹王だった、という事が結構あるのかも知れません。

      う〜ん、奥が深い!

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