激珍彫物 神我志姫発見か⁈ [八劔神社 其の一] 福島県

神功皇后 三韓征討 東北地方
プロフィール

彫師歴三十余年。東京六本木にて刺青芸術工房龍元洞を主宰。
日本のみならず、世界中で日本伝統刺青に注目が集まる中、世界の刺青大会に参加、北米・南米・欧州・豪州など各国の刺青師と交流。日本古来伝統の手彫りの技術の継承・研鑽とともに、日本文化の紹介にも力を注いでいます。

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令和八年 新年寺社彫刻巡礼の旅 第三社目 福島県いわき市の八劔神社に参拝しました。

八劔神社鳥居

創建年代不詳
寛政十年頃(1798)現本殿造営
御祭神 日本武尊やまとたけるのみこと

八劔神社

ここは非常に珍しい彫物が沢山ある神社で ずっと楽しみにしていた神社です。

八劔神社御本殿

御本殿は一間社入母屋平入り向拝唐破風付き。基礎はコンクリート 四隅を金属柱で支えています。

八劔神社御本殿

胴羽目を見ていきます。

神我志姫?

刀を構えた女性の様に見えます。

神我志姫?

一見するとムカデの様にも見えますが 長い体がありません。

土蜘蛛?

ひょっとすると これは土蜘蛛ではないかと思うのです。

土蜘蛛

土蜘蛛というのは 大和朝廷に逆らう地方豪族の事ですね。

土蜘蛛?

実は10年ほど前 刺青の図柄として神我志姫かみがしひめの資料を集めた事があります。

神我志姫というのは 別名神夏磯媛かむなつそひめといって 景行天皇の熊襲征伐に協力した周坊すおう(現山口県西部)の豪族の首長です。

神夏磯媛

上下二点の図では「神夏磯媛」と書いて「かみがしひめ」とルビがふってあるので 江戸期に神我志姫と神夏磯媛が同じ人物と認識されていた事は間違いないでしょう。

神夏磯媛

図ではどれも刀ではなく槍を持っているのが気になります。今回 刀を持っている図を探しましたが見つかりませんでした。

「神我志姫の土蜘蛛退治」の彫物は 私が把握している限り 京都府福知山市の景清神社御本殿脇障子と 兵庫県豊岡市の小江神社御本殿脇障子 にあるだけ。因みにそちらは二点とも 槍を構えています。

まあ 伝承では実際に土蜘蛛を退治するのは 景行天皇なので そこまで拘る必要は無いと判断して 図象的に1番近いのは 国芳のこの神夏磯媛でしょうか。

神夏磯媛

これが神我志姫だとしても なかったとしても 激珍彫物という事には変わりありません。

御本殿背面に廻ります。

八劔神社御本殿

胴羽目は 神功皇后じんぐうこうごう三韓征伐さんかんせいばつ

神託を受けた神功皇后が仲哀天皇の没後 新羅に出兵。新羅・百済・高句麗の三韓王が降伏し 神功皇后が岩に弓で銘を刻む場面。 

神功皇后 三韓征討

馬上の神功皇后は動きのある構図で躍動感があります。

神功皇后 三韓征討

脇に控えるのは忠臣・武内宿禰

武内宿禰

弓を握る神功皇后の視線の先にあるのは

神功皇后 三韓征討

「三韓」の二文字。その下は削られてしまった様にも見えます。

三韓征討

浮世絵では「三韓」の後「王」と書きかけている所です。

神功皇后 三韓征討
神功皇后 三韓征討

御本殿左面に廻ります。

八劔神社御本殿

胴羽目は 須佐之男命すさのおのみこと八岐大蛇退治やまたのおろちたいじ

須佐之男命八岐大蛇退治

大蛇に食べられる筈だった8番目の姫 櫛名田比売。祈りを捧げます。

櫛名田比売

神話では 須佐男命は櫛名田比売を櫛に変えて 髪に挿して大蛇と戦います。

須佐之男命

大蛇の頭はちゃんと八つ彫られていました。

八岐大蛇

胴羽目三面とも 日本神話から題材が取られていました。

八劔神社御本殿

他にも珍しい彫り物があったので 其の二に続きます。

刺青師・龍元

003-01(2026.01.13)

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