二十四孝に取材した御本殿胴羽目 [十社神社] 埼玉県

十社神社御本殿 神社仏閣
プロフィール

彫師歴四半世紀余。東京六本木にて刺青芸術工房龍元洞を主宰。
日本のみならず、世界中で日本伝統刺青に注目が集まる中、世界の刺青大会に参加、北米・南米・欧州・豪州など各国の刺青師と交流。日本古来伝統の手彫りの技術の継承・研鑽とともに、日本文化の紹介にも力を注いでいます。

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令和三年七月、埼玉県毛呂山町の十社神社じっしゃじんじゃに参拝しました。

十社神社鳥居

由緒などは分かりませんでした。

十社神社拝殿

裏へ廻ります。御本殿覆屋の格子窓は高い位置にあったので脚立を使用。

十社神社社殿

立派な御本殿です。

十社神社御本殿

向拝中備は定番の龍。木鼻の上の組物にも小さな龍頭があります。

十社神社御本殿向拝

御本殿右面。

十社神社御本殿

胴羽目は二十四孝から董永。

二十四孝 董永

幼くして母を失った董永は父親に孝行を尽くしましたが、父が亡くなった時に葬式を出すお金がなく、身売りをしました。

董永

その孝心に感じた天が織姫を使しました。織姫は妻となって布を織り、たちまち葬式代を返す事が出来ました。

織姫

自由の身になった董永でしたが、役目を終えた織姫は天に帰らなければなりません。感動のお別れのシーン。

十社神社御本殿

脇障子は龍。

龍

背面には窓が無かったので斜めから。

十社神社御本殿

胴羽目は二十四孝から孟宗。筍好きな病床の母のために、雪の中あるはずの無い筍を泣きながら探す孟宗。

二十四孝 孟宗

天は彼の孝心に感じて、雪の下から筍を生やしました。

十社神社御本殿

御本殿左面。

十社神社御本殿

胴羽目は二十四孝から郭巨。母を養うために口減らしに子を埋めようとする郭巨夫妻。天は孝心に感じて黄金の釜を与えました。文献によって「黄金の釜」だったり「黄金の詰まった釜」だったりします。

二十四孝 郭巨

郭巨にはいつもツッコミたくなります。

郭巨の奥さん

これは孝行人の顔ではない。母親の事などすっかり忘れて、完全に金に目が眩んでいます。

郭巨

子を埋めようとしてご褒美を貰う話、郭巨。

十社神社御本殿

こちらの脇障子は撮るのを忘れましたが、龍です。

十社神社御本殿

素晴らしい御本殿でした。

刺青師・龍元

101(2021.08.23)

コメント

  1. onijii より:

    onijiiです。
    孝行話なので、二十四孝は好まれたようですね。
    あちこちで見かけます。(笑)

    確かに金に目が眩んだ顔つきをしてますね。
    以前、桜井の別れでもこのような顔つきが
    あったような・・・。(笑)

    江戸時代には間引きが戒められていたようです。
    「このようなことをしてはいけませんよ」という
    ことを強調するためにあえてこのような顔つきに
    したような気がします。(笑)

    • 江戸時代には間引きは戒められていたのですか。
      そりゃそうですよね。江戸時代が今とそれ程感覚が違うとは思えませんよね。
      Wikipediaによると福沢諭吉も郭巨に対しては「鬼と云うべし」と明確に否定してる様ですし。

      やっぱりこれは彫師の郭巨に対するアンチテーゼという事なんですね。
      勉強になります
      m(__)m

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