令和六年六月上旬 群馬県高崎市の法峰寺に参詣しました。

お目当ては境内社の山王堂。

覆屋の中には立派な御本殿が鎮座しています。

脇障子は 山王堂なので 神猿です。


向拝の龍。





胴羽目は 麒麟に乗った童子。

中国には 孔子が生まれる時に麒麟が現れたという伝説にあやかって 麒麟が神童のような我が子を自分の元に送り届けてくれる様にと祈る風習があり 麒麟送子という吉祥図柄があるそうですが。。。

これが麒麟送子なのかどうかは分かりません。


背面です。

胴羽目は やけに足の大きい 偉そうな人。

この偉そうな人は孔子なのではないか と思っています。

玉。

実は この人には見覚えがあります。

渋川市の甲波宿禰神社拝殿の脇障子↓に 同じ構図の彫物がありました。

左面です。

胴羽目は 米俵を背負って歩く人。

米俵を背負って歩く人といえば 二十四孝で知られる 姓が仲 名が由 字を子路 という人が思い浮かびます。

子路は孔子の高弟で 孔門十哲に数えられます。

この人は子路なのでしょうか。実はこの人にも見覚えがあります。

これも渋川市の甲波宿禰神社拝殿の脇障子↓に 同じ構図の彫物がありました。

さらに 麒麟に乗った童子と 偉そうな人と 米俵を担いだ人の三人を合わせて一枚にした様な胴羽目が 埼玉県神川町の阿保神社↓にあります。

栃木県佐野市の氷室山神社↓にも。。。

四社で似た構図の彫物があるという事は 元絵がある可能性が高いと思い 探しました。
橘守国の絵本故事談に 似た感じの絵↓がありました。

でも 子路についての説明が書かれているので 米俵を背負っている人は子路で間違い無いのですが 孔子については最後の方に「孔子曰く〜」とサラッと書かれているだけ。
絵も元絵と言うには ちょっと雰囲気が違う様な気がします。
例えば
- どの彫刻にも 偉そうな人の傍には玉がありますが 絵には無い
- 絵の偉そうな人は 孔子にしては恰幅が良すぎるので コレは偉くなった後の子路の姿なんじゃないかなぁ(子路は 米を運ぶ姿と 偉くなった時には親が亡くなっていて 親孝行できずに泣く姿 で表される事が多い)
もう少し探す必要がありそうです。
刺青師・龍元
060(2024.07.09)
コメント
ハマってますねぇ~、難解画題を解読できた時の喜びはたまりませんねぇ~、
って、私は解読できたと思うのはほとんどありませんが、その過程もまた面白いですね。
期待しております!!
ハイ ハマってます。
この画題に拘って、もうかれこれ4年ですからね。
もうそろそろ解明したいですね。