令和四年六月 群馬県高崎市の妙見寺に参詣しました
ここのお目当ては境内社の妙見社
日本三妙見のひとつとして知られ 伝承では千年以上前に創始されたと言われているらしいです
天保年間(1830-44)本殿再建
彫師 長谷川源太郎
御本殿右面
海老虹梁には伊勢海老 吉祥図柄として特に武家に好まれた様です
胴羽目と脇障子に彫り物がありました 脇障子は滝に打たれる獅子
胴羽目には 船に乗った武人 剣を持っていますが破損しています
波間から頭を出す龍
これは禹王の龍退治だと思います 禹は舜の次の皇帝で 治水の神として信仰されます 約四千年前の人です
橘守国の絵本写宝袋に元絵がありました
御本殿左面
海老虹梁の鯉 あまり鯉を重要視していない様な。。。まあはっきり言えば上手くないです 名工でも鯉の上手い人って少ないと思います 弟子に彫らせたのかな?
脇障子は獅子の子落としです
胴羽目は三国志演義の名場面の一つ 臨江亭会談
これも橘守国の絵本写宝袋に元絵がありました
劉備玄徳は呉の孫権に借りていた荊州三郡の返還をしぶしぶ認めましたが 荊州を守っていた弟分の関羽は一向に返そうとはしません
そこで孫権配下の魯粛は 臨江亭に会宴を設けて関羽を招き もし彼が聞かなければ即座に刺し殺してしまおうという計画を立てました
周倉とたった二人で来た関羽は 「兄上(劉備)の考えは与かり知らん」と惚けます が
「あなたと皇叔(劉備)は昔 桃園に義を結んだと聞いています あなたが与かり知らぬでは世間が通さない」と魯粛になじられます
横に立っていた周倉は 主人・関羽の旗色悪しとみて 突然
「徳ある者が土地を治めるのは当然である!荊州を領する者が孫権でなくてはならぬという法があろうかっ!」と鳴家する様な声で怒鳴ります
関羽は周倉から青龍偃月刀をひったくり
「周倉 黙れっ これは国家の重大事である 汝ごときがみだりに舌を動かすところではない!」
場内は色めきたちますが 直後 関羽は魯粛を捕まえて 酔ったふりをして臨江亭から歩き去ります
むむむ…やくざ映画などで見る いわゆる「場面」てヤツですな 下の者に本心を言わせておいて「無礼な事を言うな」と叱りつけて 相手の出鼻をくじいて場を収める。。。
打ち合わせは無かったと思います 下の者はこういう忖度ができないと不良の世界では出世できません
残念ながら 背面には彫り物は無しでした
いやあ 吉川版三国志第六巻を久々に読み返してしまいました 今は水滸伝を読んでいるので 終わったらまた最初から読もう
刺青師・龍元
094(2022.07.27)
コメント
onijiiです。
なるほど。
絵本を忠実に再現しているのですね。
周倉の右手もそのままですね。(笑)
周倉の右手は気になりますね!
絵本写宝袋は寺社彫刻のバイブルみたいな本で、沢山の彫師がこの本から図案を取ってますね。橘守国は幕府御用の狩野派の絵師なんですが、絵本写宝袋で狩野派を破門になったとも言われてます。売れたんでしょうね〜