令和六年九月下旬 龍元洞慰安旅行を兼ねて 弟子の彫鈴と二人で 東北地方の神社を廻りました。
興田神社 其の一 拝殿 の続きです。
養老二年(718)勧請
妙見山法眼寺と号したが 明治の神仏分離令により興田神社と改称
大正二年(1913)社殿火災
大正十一年(1922)現社殿再建
御祭神 天御中主大神 高皇産霊神 神皇産霊神

御本殿には胴羽目や脇障子に立派な彫刻がありました。

唐獅子。牡丹はありません。

胴羽目上や支輪などには 波の彫り物。

胴羽目は2点あり 左側は 二十四孝レギュラーの 楊香です。

楊香父娘は 山で虎に出くわします。

楊香は 咄嗟に「私を食べて良いので 父を助けて」と天に祈ります。

楊香も男の子みたいで変な感じですが この父親は一体?本当に父親?

右側の胴羽目は 二十四孝の 董永です。

父が亡くなって 貧乏だった董永は 奴隷になる条件でお金を工面して お葬式をあげます。その孝行心に感じた天は 織姫を遣わせて機をおり たちまち借金を返しました。

感動のお別れのシーンの筈ですが 董永はいまいちピンと来ていない様です。

背面に彫り物はありませんでした。

左面です。

こちらは二十四孝の 郭巨。 こちらも頻出です。

極貧の郭巨は 母を養うため 口減しに子供を生き埋めにしようとして ナント釜一杯の金塊を得ました。
釜の上には のし袋の様な物があります。

「これ何だかわかる人!」

「ハイ 先生! これは鍬の先っぽです!」

「誤魔化さないでよ。僕を生きたまま埋めようとしたんだよね?」

右側は 二十四孝筆頭の 大舜。

実の父親や継母 その連れ子に殺されそうになりながらも 孝行を極めた事によって 中国皇帝にまで昇り詰めた伝説の男。

哀れんだ象が 畑仕事を手伝ってくれました。

鳩か烏ほどはあろうかという大きさの 小鳥たちも 手伝います。

この男には 不思議な魅力がある様です。

やっと伝い歩きができる様になったばかりの赤子の様な 唐獅子。

どの彫刻も 独特のタッチで彫られていて とても味わい深い神社でした。
刺青師・龍元
083-02(2024.10.16)
コメント
onijiiです。
遠路お疲れ様です。
力神があることはチェックしてました。
現地確認は叶わないので、感謝です。
ありがとうございます。
人物の顔がとても特徴的ですね。
思わず見入ってしまいました。(笑)
onijiiさん こんにちは
今回は総走行距離1,200kmオーバーの長旅でした。
岩手の後は秋田にも行きましたよ。
秋田の力神さまは独特ですね。
お楽しみに。
郭巨親子の会話が秀逸。子どもの冷めた表情も良いですね。
この子、赤ちょうちんか何かで飲んでる課長さんみたいな顔してますね。とても3歳児には見えません。