山田弥吉三十五歳頃の作品 [冨士浅間神社] 埼玉県

冨士浅間神社 神社仏閣
プロフィール

彫師歴四半世紀余。東京六本木にて刺青芸術工房龍元洞を主宰。
日本のみならず、世界中で日本伝統刺青に注目が集まる中、世界の刺青大会に参加、北米・南米・欧州・豪州など各国の刺青師と交流。日本古来伝統の手彫りの技術の継承・研鑽とともに、日本文化の紹介にも力を注いでいます。

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令和三年九月中旬、さいたま市岩槻区の冨士浅間神社に参拝しました。

冨士浅間神社鳥居

創建年不詳
明治十二年(1879)本殿再建
御祭神 木花咲耶姫命
彫師 山田弥吉

冨士浅間神社拝殿

裏へ廻ります。ここも御本殿から透塀まで届く大きな屋根が架けられています。覆屋ではないのは、御本殿の屋根が銅葺きで耐久性が高いという事があるのだと思います。

冨士浅間神社

立派な御本殿。灯籠からは線が延びているので、灯りをつける事ができるのでしょう。

冨士浅間神社御本殿

向拝の

向拝の龍

御本殿身舎右側。立派な腰組です。

冨士浅間神社御本殿右面

正面扉脇には錦鶏。

錦鶏

遠目には八幡太郎義家かと思いましたが、富士山があるので、これは頼朝の富士の巻狩りだと思います(多分)。

源頼朝 富士の巻狩?

富士の巻狩りとは建久四年に頼朝が富士野で行った狩りの事で、約一ヶ月続き70万人の人が参加したと伝えられ、軍事演習の目的もあったと云われます。新田四郎の猪退治や、曽我兄弟の仇討ちなどの事件があったのですが、ここでは巻狩りを見物する頼朝だけ(なのかな?う〜ん、巻狩りの部分が無いと確信が持てませんね)。

源頼朝か?

これは!何でしょうか?服装や拝んだ手を見ると仏様の様ですが。。。

仏?

髪型を見るとまげを結っていてテッペンにはもとどりがあり、仏様の螺髪らほつではありません。

仏?

背面に廻ります。

冨士浅間神社御本殿背面

これは民の竈門かまどで間違い無いでしょう。

民の竈門

高き屋にのぼりて見れば煙立つ 民のかまどはにぎはひにけり by 仁徳天皇

文雄ふみおさん、お願いしますね。

高き屋にのぼりて見れば煙立つ民のかまどはにぎはひにけり

左面に廻ります。

冨士浅間神社御本殿
冨士浅間神社御本殿左面

こちらにも髷を結った大仏風の人!誰だろ?

仏?

左面胴羽目には宝珠を持った人が雲に乗っていました。誰だろ?

?

これが雲じゃなく亀だったら、安曇磯良とか龍神とかにしちゃいますが。。。

不明

正面扉には獅子宝鑰ほうやくや小槌などの宝尽くし。

冨士浅間神社御本殿

錦鶏です。

錦鶏

向拝中備の龍。

向拝の龍

基礎には「彫工 山田弥吉」と彫ってありました。山田弥吉は向山不動堂膝子八幡神社の御本殿を彫った人ですね。明治十二年というと、弥吉35歳頃。この人は49歳で亡くなっています。

彫工 山田弥吉

謎の多い彫り物でした。今後の課題にしたいと思います。

刺青師・龍元

121(2021.10.02)

コメント

  1. onijii より:

    onijiiです。
    縦サイズが半分の横長の胴羽目でしたね。
    珍しい形でした。

    明治12年というと、胴羽目彫刻の終末期
    ですね。
    廃仏毀釈の影響を受けているでしょうね。

    割合近い地域なので、今後は埼玉東部で
    力神探しをやろうと思ってます。(笑)

    • 廃仏毀釈についての本を読んだ事がありますが、なかなか激しかった様ですね。

      この頃からでしょうか、「質実剛健を旨とすべし」なんて風潮になって行った様ですね。

      埼玉東部ですか。ご苦労様です。
      発見が有りましたらよろしくお願いします
      m(__)m

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