令和七年九月上旬 山梨県市川三郷町の熊野神社に参拝しました。

創建年代不詳
御祭神 天照大神 他十二柱

御本殿へ廻ります。

覆屋の中には立派な御本殿が鎮座していました。

向拝唐破風懸魚は応龍でした。状態は良好です。

水引虹梁の代わりに龍が向拝柱を繋いでいます。

その上の梁にも龍。

御本殿右面です。

一瞬 寒山拾得かと思いましたが 鶴亀がいるので 高砂で間違いないでしょう。

クセの強い造形。どちらがお爺さんで どちらがお婆さんか分かりません。市川三郷町のサイトでは「翁の図」と解説されています。

通常 箒を持っている方が嫗なので きっとこちらが嫗だと思います。尉が持っているはずの熊手は多分欠損。

脇障子は龍です。

背面に廻ります。

脇障子の龍の裏面。大きな下あごが印象的です。龍の喉元にあると言われる逆鱗は見当たりません。

胴羽目は 市川三郷町のサイトによると「鍛冶師の図」。 小鍛冶の事だと思います。

多分こちらが三条宗近なのだと思います。

こちらが 相槌を務める稲荷神のはず。

通常 相槌が狐の冠を被っているか 周りに狐がいるかですが 狐はどこにもいません。ひょっとしたら別の図柄の可能性も全く無いとは言えないかも知れない様な気がしないでもない様な感じがしたのかな?
なんにしても手が変です。槌の頭が右手の小指側に来る様に構えています。逆手に持って槌が打てるのか? 左手は後補の様ですが こちらも変ですね。

左面です。

胴羽目は その名声が天まで届き 龍が診てもらいに来たという 馬師皇。

こちらも短刀の様な物を 逆手に構えている様に見えますが 実は針です。

つまむ様に持っていれば針っぽく見えると思いますが この彫師は逆手がお好きだった様です。
それはそれで良いとは思いますが 知らない人が見たら誤解してしまうと思います。

現に市川三郷町のサイトでは「大蛇成敗の図」と説明されてしまっています。

脇障子の龍。

この辺りでは良く見掛けますが 正面扉が少し奥まった位置についています。


奥まった扉の脇には 橋の上で馬に乗っている人物がありました。

反対側を確認すると 沓を差し出す人物と龍。と来ればこれは 黄石公と張良でしょう。

上を確認すると 唐破風と千鳥破風の鬼板に鬼面が見えます。

唐破風の鬼面。阿形です。

千鳥破風の鬼面。吽形です。

屋根の形はよく見えませんが 多分入母屋造り。
もしやと思って 大棟鬼板を確認すると。。。ありました。

阿形でしょうか。

左側は吽形ですね。

かなりクセの強い独特な造形の彫り物が印象的でした。
刺青師・龍元
072(2025.11.29)

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