刺青師・ 龍元

神社仏閣

双龍と八人の孝子 [神田山延命院 不動堂と観音堂] 茨城県

宝永七年(1710)建立といわれる観音堂には 二十四孝から八人の孝子が彫られていました。
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節穴と板の隙間から [日枝神社] 群馬県

完全密閉覆屋ですが、節穴や僅かな板の隙間から、中を窺う事ができました。
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後藤縫之助の大江山伝説 [別雷神社] 茨城県

御本殿が常総市指定有形文化財(建造物)に指定されています。当代きっての名工と呼び名の高かった後藤縫之助の手による見事な彫刻群を鑑賞する事ができます。
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左右面は外から窺う事が困難 [富士浅間神社] 埼玉県

右面には中国古典劇目から題材を取った収周倉、左面には金龍周武王を護る、背面には蕭史と弄玉を表した胴羽目がありますが、右面左面は外から窺う事は困難です。
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仙人が彫られた御本殿 [六所神社] 埼玉県

見事な彫刻で飾られた御本殿。向拝柱・海老虹梁には龍、胴羽目・脇障子には上元夫人や黄安仙人・張果老・李鉄拐などの仙人が彫られています。
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旧鎌倉街道沿いの歴史あるお寺 [真言宗豊山派 遊石山観音院 新光寺] 埼玉県

現在は門の前で途切れていますが、旧鎌倉街道が目の前を通っていて、源頼朝が那須野へ鷹狩に向かう途中に立ち寄ったり、新田義貞が鎌倉攻めの際に戦勝祈願をしたりなど、歴史のあるお寺です。
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目の表情が生々しい [東光寺金毘羅宮] 埼玉県

郭巨は極貧に喘いでいた。年老いた母を養う為に 口減らしに我が子を埋めようとした。選択肢は無かった。子供を埋めるための穴を掘った。金塊が出て来た。郭巨は孝行心に感じた天が 我に与えた物であると勝手な解釈をした。未遂とはいえ 殺人計画に着手した上に 遺失物横領の罪を重ね 以降一家は幸せに暮らせたのだろうか。
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古びた彩色彫刻 [とある社 其の四] 関東

古びた彩色が歴史を感じさせる御本殿です。
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十二支の他 唐獅子や猫など [滝宮神社] 埼玉県

絵画や彫刻 歌舞伎など 日本の伝統芸術では獅子には必ず牡丹です。刺青で唐獅子に紅葉を合わせたら 彫師の無知が笑われる事になります。
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格子戸とルーバー窓の隙間から [伊勢方八幡神社] 埼玉県

横窓が無く、背面の窓もルーバーが取り付けられているので、鑑賞するのが非常に困難な神社です。
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交通安全の守護神 [三魂交通神社] 山梨県

昭和28年、交通戦争が激化し始めた頃に、交通安全対策として 富士吉田交通安全協会が 厚生大臣許可を得て建てた神社です。
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龍と鯉と猿と鷹と亀 [神明宮] 栃木県

令和六年二月中旬 栃木県足利市の神明宮に参拝しました。 弘治二年(1556)創立御祭神 大日孁命 豊受姫命 拝殿向拝には古い彫り物があります。 向拝中備には龍。 元は彩色されていた様ですが 今はすっかり剥落して 微かに白い胡粉が残っています。 唐破風下のこの彫り物は 菊と ...
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予譲の目が恐い [赤城神社] 栃木県

超絶技巧ではありませんが こんな感じの彫り物も好きです。彫師が誰なのかは分かりませんが 技巧に走り過ぎず 動きを大事にした構図が得意の人なのだと思います。欲を言えば 画題を日本図柄か中国図柄か 統一して欲しかったなぁ。この頃の人達にはどちらも差が無い位に 遠いもしくは近い話だったのかなぁ。
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源姓足利氏代々の氏神 [下野國一社八幡宮] 栃木県

令和六年二月中旬 栃木県足利市の下野國一社八幡宮に参拝しました。拝殿向拝や御本殿の彩色彫刻も なかなかの物ですが 何と言っても左右二点づつと背面三点の計七点もある胴羽目が秀逸です。
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寂れた彩色彫刻 [とある社 其の三] 関東

ある時 関東のとある社に参拝しました。 向拝中備には龍、兎ノ毛通には菊水。 脇障子は鳳凰でしょう。 扉脇板には鯉とかはいなくて単に滝だけの様です。 浜床下は水鳥。 木階蹴込板の魚には髭がありますが、これは鯉ではなく 鯰でしょうか。だとしたら珍です。
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市内に五つある八雲神社の一つ [通五丁目八雲神社] 栃木県

賽銭箱は門の横にあり 門は閉まっていて 社殿には近づけません。 社殿を囲む玉垣の中に 更に御本殿を囲む玉垣があり 御本殿には鉄骨の立派な屋根が架けてあります。水引虹梁の上に彫り物は無く、木鼻は獅子と獏、扉には龍、扉脇板には上り下りの龍があります。
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胴羽目は神話から [出世稲荷神社(鑁阿寺境内社)] 栃木県

令和六年二月中旬 栃木県足利市の鑁阿寺ばんなじに参詣しました。 鬼瓦と龍が参詣者を威嚇します。 応永十四年〜永享四年の大規模改造の時に付けられたという向拝 。ですが 六百年前というと室町時代。その頃の彫り物とはちょっと考えにくいですね。公式サイトには記載がありませんでしたが 案内板には「昭和八年に解体修理をした」 とあるので、ちょくちょく改築してるのかも知れません。
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日光東照宮の宮大工の作といわれる [二石稲荷神社] 栃木県

鈴がなければ 神社とは気が付かない様な作りの社殿です。 が 中を覗いてビックリ。向拝側面にも胴羽目をつけた 立派な御本殿が鎮座していました。
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足利義兼が勧請したと伝わる [菅東山出世稲荷神社] 栃木県

令和六年二月中旬 栃木県足利市の菅東山出世稲荷神社に参拝しました。正治元年(1199)勧請御祭神 倉稲魂命うかのみたまのみこと御本殿側に廻ります。なんと 胴羽目彫刻ではなく画です。というのは知ってて来ました。これは神功皇后の「腋盾始わいだて...
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宋代の高士にして詩人の林和靖 [我野神社] 埼玉県

妻子をもたず、庭に梅を植え鶴を飼い、「梅が妻、鶴が子」といって笑っていた。行書が巧みで画も描いたが、詩を最も得意とした。「廬を西湖の孤山に結んで詩作に興じ一歩も湖外に出でず 客あれば童子をして鶴を放たしむるといふ。梅を愛し鶴を養ひ 悠々たる生涯は誠に道釈人物中の好画題である。」(金井紫雲著 東洋画題綜覧より抜粋)