令和八年 新年寺社彫刻巡礼の旅 第十五社目 栃木県真岡市の山王神社に参拝しました。

ここは荘厳寺の境内社です。
慈覚大師(794-864)により草建
康平年間(1058-65)再建
寛永年間(1624-44)現在の神社となる

荘厳寺のサイトには「寛永年間に現在の神社となりました」とありますが 御本殿自体はもっと新しそうです。
珍しい事に屋根が石で葺いてあります。見た感じ軽石みたいな石です。

向拝中備は山王神社らしく猿です。

蚤取りをする姿が可愛らしい。

右側脇障子の孔雀。

現地では あんな所に置いてある達磨には全く気付きませんでした。

胴羽目は 虎仙人 董奉。

本職は医者ですが 病人からはお金を取らず 杏を植えさせたと言います。

実った杏を穀物と交換して 旅人や貧しい人たちに分け与えていましたが

その杏を狙う盗人を虎が噛み殺し 董奉が仙術で生き返らせた と伝わります


手挟みには山鵲がありました。梅に合わせてあります。鳥の横にあるのは椿でしょうか。

縁下は水鳥です。腰羽目は雁?それとも鴨ですかね。鳥は難しいですね。


背面です。

胴羽目は 仙人の烏鷺。 烏鷺とは 黒いカラスと白いサギで 囲碁の事です。

囲碁の事を 爛れる柯(斧の柄)と書いて爛柯とも言いますが この話が元になっています。
こんな話です。
木こりの王質が山に入ると 二人の老人が碁を打っていました。

しばらく囲碁を眺めていると 老人の一人が「おい そこな 青年 帰らんのか」と言います。

気が付くと 斧の柄が腐るほど年月が経っていたのでした。

王質は 二人が仙人だった事を悟ります。

左面。

胴羽目は 梅妻鶴子の林和靖。

林和靖は妻子をもたず 庭に梅を植え 鶴を飼い いつも「梅が妻 鶴が子」といって笑っていました。

留守中に客があると 童子に鶴を放たせて合図にしたと言います。

行書が巧みで画も描いたが 詩を最も得意とした と伝わります。


脇障子は 桐の花に鳳凰です。


康平五年(1062)営造の鐘楼門。 修復を重ねて昭和二十七年(1952)に現在の姿になりました。

2階の梁の上で屋根を支える 力神さま。

本堂側には 阿形の力神さまが鎮座していました。

刺青師・龍元
015(2026.02.27)

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