彫り物大工甚八の彫り物 [星宮神社] 栃木県

許由 神社仏閣
プロフィール

彫師歴三十余年。東京六本木にて刺青芸術工房龍元洞を主宰。
日本のみならず、世界中で日本伝統刺青に注目が集まる中、世界の刺青大会に参加、北米・南米・欧州・豪州など各国の刺青師と交流。日本古来伝統の手彫りの技術の継承・研鑽とともに、日本文化の紹介にも力を注いでいます。

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令和八年一月下旬 栃木県栃木市の星宮神社に参拝しました。

星宮神社鳥居

保延四年(1138)創立
御祭神 磐裂命いわさくのみこと 根裂命ねさくのみこと
彫師 甚八

星宮神社

拝殿の中を覗いてみます。

星宮神社拝殿内部

正面扉脇は牡丹の花。

星宮神社御本殿

案内板によると彫師は彫物大工甚八。

星宮神社案内板

甚八と言えば 佐野市の賀茂別雷神社御本殿彫師の一人が 斉藤甚八。同じ人かどうかは分かりませんが 雲や竹の感じが似ていると思います。

竹林の七賢
佐野市賀茂別雷神社御本殿胴羽目 竹林の七賢

立派な御本殿がありそうです。

星宮神社御本殿覆屋

猫とかの小動物避けでしょうか。元あった格子の間に更に格子を追加してあって 隙間が非常に狭いです。

星宮神社御本殿覆屋

御本殿は一般的な一間社流造。大き過ぎず小さ過ぎず 手頃な御本殿と言えるでしょう。

星宮神社御本殿

縁下が大工やボード屋さんのペケ台(板を十字に立てて上に板を置いた簡易作業台)みたいな感じです。

星宮神社御本殿

胴羽目は豊干禅師ぶかんぜんじと虎。

豊干禅師

左下隅に「ほり物大工 當村甚八◯」と銘がありました。甚八の下の字は 周に久?

ほり物大工 当村甚八◯
星宮神社御本殿

背面脇障子は 牛に水を飲ませに川へ向かう 高士 巣父そうほ

巣父

許由が穢れた耳を川で洗っていると知って 来た道を引き返す変人です。

巣父

牛からしたらどうでも良い事。「喉が渇いたなぁモウ」

牛

案内板によると背面胴羽目は「トリモチを竿の先に巻き付け、小鳥を捕獲する様子」だそうです。

鳥餅で鳥を捕獲する様子

出典となる説話か何かがあると思うのですが。。。

鳥餅で鳥を捕獲する様子

案内板を書いた人も分からなかったのでしょう。

鳥餅で鳥を捕獲する人

よくある事です。

鳥餅で鳥を捕獲する人

険しい面構え。真剣そのものです。

鳥餅で鳥を捕獲する人

この人だけ穏やかな表情。

鳥餅で鳥を捕獲する人

こちらにも何か彫ってあります。「〜〜〜京みなと(?)町二丁目」と彫ってある様に見えます。土地の名称かも知れません。

〇〇〜〜 二丁目

左側脇障子は右と対になる 高士 許由きょゆう

許由

堯帝に位を譲るといわれ「穢れた事を聞いて耳が穢れた」として 川で耳を洗う こちらもかなりの変人。

許由
星宮神社御本殿

左面です。

星宮神社御本殿

胴羽目は寒山拾得かんざんじっとく

寒山拾得

巻物を広げる寒山。

寒山

箒と共に表される事が多い 拾得。

拾得

寒山は豊干禅師の弟子とされます。

寒山

拾得は 豊干禅師にわれて仕事をたのが名前の由来とされます。

拾得

寒山と拾得は仲が良く いつも子供のように遊び回っていたと言います。

寒山

後世になって 豊干禅師が釈迦 寒山は文殊菩薩 拾得は普賢菩薩の化身と言われる様になった様です。

拾得

こちらにも「ほり物大工 當村甚八◯」と銘がありました。甚八の下の字はやはり 周に久?

彫り物大工 当村甚八◯
星宮神社御本殿

賀茂別雷神社御本殿の彫師・斉藤甚八と こちらの彫師・甚八が同じ人だと仮定して比べてみると 白木のままの方が合うタイプの彫師だと思いますね。まあ 塗師の技量も関係してきますが。

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刺青師・龍元

028(2026.05.14)

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