令和八年一月下旬 栃木県栃木市の星宮神社に参拝しました。

保延四年(1138)創立
御祭神 磐裂命 根裂命
彫師 甚八

拝殿の中を覗いてみます。

正面扉脇は牡丹の花。

案内板によると彫師は彫物大工甚八。

甚八と言えば 佐野市の賀茂別雷神社御本殿彫師の一人が 斉藤甚八。同じ人かどうかは分かりませんが 雲や竹の感じが似ていると思います。

立派な御本殿がありそうです。

猫とかの小動物避けでしょうか。元あった格子の間に更に格子を追加してあって 隙間が非常に狭いです。

御本殿は一般的な一間社流造。大き過ぎず小さ過ぎず 手頃な御本殿と言えるでしょう。

縁下が大工やボード屋さんのペケ台(板を十字に立てて上に板を置いた簡易作業台)みたいな感じです。

胴羽目は豊干禅師と虎。

左下隅に「ほり物大工 當村甚八◯」と銘がありました。甚八の下の字は 周に久?


背面脇障子は 牛に水を飲ませに川へ向かう 高士 巣父。

許由が穢れた耳を川で洗っていると知って 来た道を引き返す変人です。

牛からしたらどうでも良い事。「喉が渇いたなぁモウ」

案内板によると背面胴羽目は「トリモチを竿の先に巻き付け、小鳥を捕獲する様子」だそうです。

出典となる説話か何かがあると思うのですが。。。

案内板を書いた人も分からなかったのでしょう。

よくある事です。

険しい面構え。真剣そのものです。

この人だけ穏やかな表情。

こちらにも何か彫ってあります。「〜〜〜京みなと(?)町二丁目」と彫ってある様に見えます。土地の名称かも知れません。

左側脇障子は右と対になる 高士 許由。

堯帝に位を譲るといわれ「穢れた事を聞いて耳が穢れた」として 川で耳を洗う こちらもかなりの変人。


左面です。

胴羽目は寒山拾得。

巻物を広げる寒山。

箒と共に表される事が多い 拾得。

寒山は豊干禅師の弟子とされます。

拾得は 豊干禅師に拾われて仕事を得たのが名前の由来とされます。

寒山と拾得は仲が良く いつも子供のように遊び回っていたと言います。

後世になって 豊干禅師が釈迦 寒山は文殊菩薩 拾得は普賢菩薩の化身と言われる様になった様です。

こちらにも「ほり物大工 當村甚八◯」と銘がありました。甚八の下の字はやはり 周に久?


賀茂別雷神社御本殿の彫師・斉藤甚八と こちらの彫師・甚八が同じ人だと仮定して比べてみると 白木のままの方が合うタイプの彫師だと思いますね。まあ 塗師の技量も関係してきますが。
刺青師・龍元
028(2026.05.14)

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