令和八年 新年寺社彫刻巡礼の旅 第六社目 茨城県高萩市の瀧神社に参拝しました。

高台にあって見晴らしの良い立地に鎮座しています。

玉垣が広めに御本殿を囲んでいます。

御本殿は一間社入母屋平入唐破風付き。向拝に中備はありません。

千鳥破風には鳳凰がありました。

兎ノ毛通の応龍。

扉脇の龍です。


右面

胴羽目は 民の竈。

仁徳天皇が即位後 高殿から国を見渡すと 民の竈から炊事の煙が上がっていない事に気が付きます。

「民が貧しくて煮炊きができないのだ」察した天皇は 3年間 税を免除します。

天皇自身も 着る物食べる物を倹約して 宮殿の屋根の穿き替えも行いませんでした。

すると 民は豊かになり 再び竈から煙が立ち上るようになりました。

天皇は「高き屋に のぼりて見れば 煙立つ 民の竈は 賑わひにけり」と歌を詠んだと言われます。
現代の為政者も ぜひ見習って頂きたい。
背面
元々は胴羽目があったのか無かったのか どちらにしても色合いから察っして 最近修復した感じです。

脇障子は明らかに上下逆さまですが 山鵲でしょう。

上下逆さまに取り付けられている脇障子を たまに見掛けますが 取り付ける人は ちゃんと見ないんでしょうか?
見ても分からないのか?
まさかワザと?
将棋駒の左馬みたいに何か意味があるのでしょうか?

左面

胴羽目は楠正成・正行父子 櫻井駅の別れ。

死を覚悟した楠正成。この角度から見ると正成は まるで右脚を骨折している様ですが こういうのも浮き彫り鑑賞の楽しみ。

「最後まで父上と共に」と懇願する嫡子・正行。

陣幕に 菊水紋が見えます。

この角度でみて やっと正成の右脚が真っ直ぐになりましたが 正行は まるで外壁にしがみつくスパイダーマン状態。

正成は「お前は身命を惜しみ 忠義の心を失わず いつの日か必ず朝敵を倒せ」と諭し 帝より賜った菊水紋が入った短刀を正行に授けて今生の別れを告げた という話。

短刀の代わりに 巻き物だったりしますが この胴羽目では 別れの盃。

細かい所まで彫り込まれている事に加えて 単なる深彫りというのではなく 非常に奥行き感の出る工夫がされていて 素晴らしい彫り物でした。
刺青師・龍元
006(2026.01.25)

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