国指定重要文化財 [柞原八幡宮 其の五] 大分県

黄庭堅の家の使用人 神社仏閣
プロフィール

彫師歴四半世紀余。東京六本木にて刺青芸術工房龍元洞を主宰。
日本のみならず、世界中で日本伝統刺青に注目が集まる中、世界の刺青大会に参加、北米・南米・欧州・豪州など各国の刺青師と交流。日本古来伝統の手彫りの技術の継承・研鑽とともに、日本文化の紹介にも力を注いでいます。

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令和七年三月中旬 大分県大分市の柞原八幡宮ゆすはらはちまんぐうに参拝しました。

柞原八幡宮 其の四 の続きです。

彫刻が沢山あるので 少し変則的ですが番号を振ってあります。番号は44までですが 7・10・11・14には上下2点の彫刻があるので 計48点の大きな彫刻がある事になります。

南大門彫刻見取り図

今回は29から36まで紹介します。

後方左側外壁

柞原八幡宮南大門後方左側外壁

29. 二十四孝 董永

「貧しい董永とうえいは 父が亡くなったので 奴隷になる条件で金を借りて葬式をした。すると 一人の美女が現れ董永の妻となり 絹を織ってたちまち借金を返してしまった」という話。

二十四孝 董永

しかし 天人と人間の愛が許される筈もなく 別れの時が近づいています。

織姫

そんな事を知る由もない董永。ああ この儚い夢の様なひと時。。。

30. 二十四孝 黄香

黄香こうこうは父によく仕えた。夏の暑い時には枕や椅子を団扇で扇いで冷やし 冬の寒い時には布団が冷たいのを心配し 自分の身体で暖めた」という話。

二十四孝 黄香

暑いのは分かりますが 私が子供の時 こんなだらしのない姿でいると母親に叱られたモノです。脱ぐなら脱ぐ!着るなら着る‼︎

黄香の父

枕や布団だけを扇ぐ黄香をよく目にしますが 室温の寝具を扇いでも寝具は室温のまま。

黄香

しかし 父親の真横で扇げば父親は涼しくなると思うので 彫師または下絵の作者の工夫が見られると思います。

黄香

31. 二十四孝 丁蘭

丁蘭ていらんは両親の死後 両親の木像を作って 生きている時のように尽くした。妻が木像の顔を火で焦がしてしまうと 木像は腫れて血が流れ 妻の髪の毛が全てなくなってしまった。丁蘭は木像を大通りに移し 妻に3年間詫びをさせた。すると木像は元の場所に戻った」という話が一般的。

二十四孝 丁蘭

ですが この彫刻は「いつも丁蘭を嘲笑していた隣人の張叔が 亡き両親を模した人形を棒で叩いた。この事を知った丁蘭は張叔を叩きのめして捕まるが 人形が涙を流した事に感動した役人は 丁蘭を無罪放免にした」という別の場面です。

隣人の張叔

奥さんは人形を忌々しく思っているからか 遠くで止める素振りをするだけ。顔はむしろ笑っています。

丁蘭の奥さん

左袖廊右側内壁

柞原八幡宮南大門袖廊内壁

32. 二十四孝 閔子騫

「継母は実子2人を愛し 継子の閔子騫びんしけんを憎んで 冬になると実子には綿入りの着物を与えたが 閔子騫にはヨシの穂を入れた着物を与えた。閔子騫が凍えているのを見て父は激怒し 継母を追い出そうとしたが 閔子騫が継母を弁護したので継母はこれに感激し 以後は実子と同じ様に閔子騫を可愛がった」という話。

二十四孝 閔子騫

父親の激怒する姿はまるで 逆上した八つ墓の多治見要蔵の様です。

閔子騫の父

「私1人が凍えてさえいれば 弟2人は暖かいのでどうか離縁しないで下さい」と父親にさらに燃料投下の閔子騫。

閔子騫

🎵隣の町ならば隣なりに 優しい男はいくらでもいるモンさ〜🎶(by 研ナオコ)

閔子騫の継母

33. 二十四孝 黄庭堅(山谷)

黄庭堅こうていけんの家には使用人も多く 妻もいたが 自ら母の大小便の便器を取り 汚れている時は素手で洗って母に返し 朝から夕方まで母に仕えて怠けたことはなかった」という話。

二十四孝 黄庭堅

多くいたとされる使用人の1人と思いますが もしかしたら妻かも知れません。

黄庭堅の家の使用人

こちらも 多くいたとされる使用人の1人と思いますが もしかしたら妻かも知れません。

黄庭堅の家の使用人

そんな所に屎尿を捨てるのか!とびっくりしますが 昔はそういう事もあったのかも知れません。どうやら家の傍には川が流れています。

黄庭堅

重い病に臥せていると思われた母親。よく見ると 布団にくるまって嬉しくて仕方ない様子。

黄庭堅の母

前方左側外壁

柞原八幡宮南大門外壁

34. 二十四孝 仲由(子路)

「親孝行な仲由ちゅうゆうは貧しかったが 米を運ぶ仕事を頑張って金持ちになった。しかし裕福になった頃には親はすでに亡くなっていたので 親孝行が出来ず悲しんだ」という話。

二十四孝 仲由

決してご飯が不味くて泣いている訳ではありません。

仲由

使用人なのか 奥さんなのか。

仲由の家の使用人

35. 二十四孝 庾黔婁

庾黔婁ゆけんろうは父が病気と知ると県令を辞めて家に帰った。医師に病状を尋ねると 病人の便を舐めて甘ければ治らず苦ければ治るだろうと言う。庾黔婁が舐めてみると 味が違ったので父の死を悟り 北斗七星(北極星)に身代わりになることを祈り続けた」という話。

二十四孝 庾黔婁

これは初めて見る構図です。一瞬 劉備檀渓りゅうびだんけいを飛ぶ かと思ってしまいましたが きっと庾黔婁が県令を辞めて家に帰る場面でしょう。

庾黔婁

こちらは 庾黔婁が便を舐めている所?

庾黔婁の父

それとも単に看病しているだけでしょうか? お医者だったりして。

庾黔婁の父

36. 二十四孝 曽参

「曽参が薪拾いに出ている間に来客が来たが 貧乏なため老母は持てなす事が出来ず 曾参よ早く帰って来い!と指を噛んで願ったら 胸騒ぎがしたので曽参は直ぐに帰った」という話。

二十四孝 曹参

バッキーン‼︎

曽参

「ん??今の何? 衝撃があってなんか胸騒ぎがするんだけど。。。ひとまず帰るか?」

曽参

ここの彫り物には 板に画題が彫り込まれていました。彫刻が多すぎて 現地では気付きませんでしたが 二十四孝は24話ありました。構図は珍しい物がありましたが 画題はお馴染みの物ばかり。

他に珍しい物があるあると言いながら 其の一からずっとお馴染みの物ばかり。次回こそは珍しい画題がいくつもありますのでお楽しみに。

刺青師・龍元

022-05(2025.04.03)

コメント

  1. onijiiです より:

    onijiiです。
    構図や彫りが凄いですねえ。
    思わず口元が緩みます。
    次回が益々楽しみです。

  2. 小心 より:

    馬上の庾黔婁、今回一番見たかった二十四孝彫刻がこれでした。
    祭壇の前で祈ってる姿が多いですからね。
    岡田玉山の挿絵とよく似てます。

    • ここの情報源は若林純の「寺社の装飾彫刻」とGoogleマップだったので、大した予備知識も無く行ってしまいましたが、こんなに二十四孝が充実しているとは思いもよりませんでした。

      岡田玉山の挿絵と似ているのですね。検索してみます。ありがとうございます。

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